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COSMOSの原発関連ニュースメモ

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毎日たくさん流れてくる原発関係のニュースの個人的なメモです。

NHKETV特集 シリーズ 原発事故への道程(後篇)「そして"安全神話"は生まれた」文字起こし(2)



【テロップ】:島村原子力政策研究会 1988年3月18日

【解説】:島村原子力政策研究会では、原発の地方立地に湧く、この時代に起きた反対運動について語られています。

【テロップ】:元日本原燃サービス 幹部

[元日本原燃サービス 幹部]:「伊方の(原子力発電所の)帰りに橋を見てね、帰ったんですね。観光コースみたいんだったんですね」。

[他の氏名不詳の出席者]:「観光コースみたいんだったんですねぇ・・」

[元四国電力 幹部]:「えぇ・・・観光コースみたいんだっただね。そんなつまらんことやられたら弱ちゃう。それで橋も見られちゃう。それでね、思い出すのですけれど伊方の発電所に手をつけた時に、一番反対したのは60歳前後から上の人なんですよね。その人たちはね、『非常に生き甲斐だ』って言うのだな、反対するのが」。

[元日本原燃サービス 幹部]:「そうそう、生き甲斐だって言うんだよね」

[元四国電力 幹部]:「こっちは、もうむきになって、一生懸命『大丈夫だ』って言うでしょう。(それでも反対する人たちは)『ダメダメ。そんなんじゃ全然ダメ』とか何とか言ちゃってね。そうすると我々が行って、何か、こう・・やるでしょう。いろいろと陳情したり・・・」

【テロップ】:元通産相 島村武久

[元通産相 島村武久]:「急に放射能を浴びたらかなわん」とか(反対の人たちが言ったりして)・・・」

[発言者不詳]:「いやー・・そういう怖い話というのは、非常に信じると宗教みたいなもので」

[元通産相 島村武久]:「いや・・宗教なんですなぁ・・あれは」[◆註:06]

[◆註:06]宗教を「特定の世界観、価値観だけに限定し信じ、その他の世界観、価値観を認めないもの」と定義することが許されるとするなら、原発は安全だとする価値観を、科学的根拠に基づくとの擬装工作を施して信奉し、それに対する異論・反論を一切認めない原子力ムラこそ「カルト教徒」ではないのか?

[発言者不詳]:「ダメなんですなぁ・・あれは」

[ウラン濃縮機器株式会社 幹部]:「私が聞いた奥さんも『子どもに喰わせるものが心配だ』と言うわけですよ」[◆註:07]

[◆註:07]こうした発言が間違っていることは原子力に関する専門的知識の有無如何に関わらず、いのちを最優先したいと思う常識さえある人なら、誰でもすぐ解る筈。

【テロップ】:愛媛県 伊方町

【解説】:研究会で語られていた愛媛県伊方町。原発立地を巡り激しい反対運動が起きました。半農半漁の町だった伊方町も、他の町と同様、急速な過疎化に直面していました。危機感を抱いた町は原発誘致に乗り出します。雇用の増加や商業の発展など、経済効果を期待してのことでした。

【画面】:伊方町発行の広報 昭和45年5月15日付
広報 伊方町
「みんなの力で原電誘致を成功させよう!」「ボーリング調査始まる」の見出しとボーリング現場の写真

【テロップ】:伊方原発建設計画発表 1970年9月21日

【解説】:1970年。四国電力は、初の原発として、伊方町への建設計画を発表します。

【テロップ】:四国電力社長 大内三郎

[四国電力社長 大内三郎]:「この原子力発電所から放射能が出る、というようなことは絶対に無いということを、確信を持って申し上げる次第である」[◆註:08]

[◆註:08]この四国電力社長大内三郎の「原子力発電所から放射能が出ることは絶対に無い」も間違い。正常安定運転時でさえ、原子力発電所からは大量の放射性物質が環境中に放出され続けている。

【画面】:「原発設置絶対反対」「原発反対三崎町民会議」と書かれた横断幕を掲げた反対漁民の乗る漁船

【解説】:しかし、住民の間から原発に対する不安の声が上ります。

【画面】:「放射能汚染」「危険」「郷土を守れ」「原発設置反対」等と書かれた抗議の模造紙

【解説】:その多くが漁業や農業で生計を立ててきた人々でした。当時、瀬戸内海には次々とコンビナートが建設され、大気や海の汚染が問題となっていました。原発が新たな汚染を産むのではないかと考えられたのです。

【テロップ】:伊方原発訴訟 原告 西村州平さん

【解説】:西村州平さんも、公害問題に取り組む中で、原発問題に注目するようになりました。

[伊方原発訴訟 原告 西村州平]:「あちこちで公害問題のことがいろいろ言われるようになって・水島や長浜にも出来るというようになって、これはいけん・・ということだったけど。(それから更に)数年経って、原発が(この伊方にも)出来るということになって、これは、なおのこと、いけん・・って言うことになって、それで、他の事は何もせんで、原発のことばかりするようなことになってしまったんですね・そういう流れになったんですね」

【テロップ】:町見漁協臨時爽快 1971年10月12日

【解説】:伊方の漁業共同組合の総会です。原発建設に当たり、四国電力は漁協に漁業権放棄を求めました。[◆註:09]

[◆註:09]原発が「完全に安全なもの」「放射能漏れなど絶対に無い」のなら、原発立地周辺海域の漁協の漁業権放棄を求める必要がなぜあるのか!

【解説】:その賛否を巡り混乱が生じます。

【画面】:[漁協組合長らしき人物]:「賛成多数で可決しました」

【テロップ】:愛媛新聞記事「組合規約無視の不法集会」「休憩中の強行採決」「議事進行 理事者側に不手際」「県、漁協は有効通知 反対派訴訟へ」の見出しの愛媛新聞記事

【解説】:原発を推進する漁協幹部たちは強行採決に踏み切ったのです。[◆註:10]

[◆註:10]漁民の生活といのちを守るはずの漁協が、この時なぜ、原発推進の立場を取ったのか?中央、地方自治体、末端の単位組合に至るまで農業協同組合や漁業共同組合は、組合員である末端農民や漁民の生活や生産を守ることより、資金運用団体として金融機関化して久しいことを思い出して欲しい。

【テロップ】:漁業補償協定締結 1971年12月27日

【解説】:決議は認められ、県知事と町長立ち会いのもと、電力会社と漁協の間で、漁業権放棄に伴う補償金交渉がまとまりました。伊方原発の建設が一気に進められていきました。

【テロップ】:松山地方裁判所

【解説】:原発の安全性に対し、不安が拭えない住民たちは行動に出ます。1973年夏、原発立地の許可を出した総理大臣を相手取って裁判に訴えます。

【テロップ】:伊方原発訴訟 提訴 1973年8月27日

【解説】:原告住民が求めたのは原発設置許可の取り消しでした。

[当時の原告団の一人(氏名不詳)]:「四国電力は一企業なんですよ。それにも関わらず、(伊方)町も(愛媛)県も、行政と一体となっているんですよ。そこに住民が、本当にやり場のない苦しみ、やり場の無い悩みがあるんですよね。あんな滅茶苦茶なことが、この日本の民主主義社会で許されるだろうか、というような気持ちなんですね。これに負けますと、単に原発が出来るだけでなしにですね、日本の民主主義、あるいは地方自治までもが無くなってしまう・・私たちはそんな不安を持っております」

【画面】:「伊方原発反対訴訟総決起集会」の字幕が掲げられた原発反対集会の光景

【解説】:原告住民は35人。しかし彼らに原子力の専門的な知識はありません。法廷闘争は困難が予想されました。そこに支援させて欲しいと言う科学者が現れました。京都大学や大阪大学などの若い原子力の研究者たちでした。

【テロップ】:原告側証人(当時京都大学工学部助手)荻野晃也さん

【解説】:当時、京都大学の原子核工学教室で助手をしていた荻野晃也(おぎの・こうや)さんもその一人です。

[当時 京都大学原子核工学教室助手 荻野晃也]:「まぁ、教室が原子核工学教室で、まぁ、原子力推進の学生を教育する機関ですから、まぁ、教育するほうの自分の責任としてでも、原子力発電所というのは、本当に、どうなのか、というのを調べ始めたというのが、まぁ率直な所ですよね」

[NHK記者の質問]:「その・・(原子力発電に対して)異を唱えるということは、そこから飛び出してしまうということを、覚悟するってことですよね・・?」

[当時 京都大学原子核工学教室助手 荻野晃也]:「そりゃ、覚悟しなけりゃ出来ないことですよね・・そりゃやっぱり、ある程度・・・そりゃまぁ、しょうがないですよね。その覚悟をするか、しないか、私もまだ若かったですけれども、やはり大分悩みました。悩んだんだけれども、覚悟したんですよ」

【解説】:被告の立場に立たされた国も、そうそうたる専門家たちを証人に揃えました。

【テロップ】:国側証人 「内田秀夫(うちだ・ひでお)」「村主進(すぐり・すすむ)」「大崎順彦」「三島良績」

【解説】:内田秀夫東京大学教授をはじめ、原子力政策の根幹に携わってきた人々でした。国側の証人の一人、村主進(すぐり・すすむ)さん。伊方原発の設置許可審査にも関わっていました。

【テロップ】:国側の証人の一人(当時 日本原子力研究所職員)村主進さん

[国側の証人の一人(当時 日本原子力研究所職員)村主進]:「事故が起こった時でも、その周辺住民の健康に影響しないようにすること。被曝ゼロとは言ってないですよ。健康に影響しないようにする(っていうことですよ)。事故が起こっても住民に被害を与えないように、立地の妥当性まで評価します、という・・そういうところまでやっているわけなんですよね」[◆註:11]

[◆註:11]ICRPが改組後、一般人に対する基準を新たに設定したことに対し、アルバート・シュバイツァー博士は、「誰が一般人に許容することを許したのか」と怒ったといわれる。(拙(諸留)原稿【ICRPの謀略 その1】「ICRPの放射線基準値には根拠が無い理由!」[2011(H23)年7月30日(土)AM04:40送信 参照]
VOICES [Education Project]Civilization and Ethics :
Albert Schweitzer: Peace or Atomic War?
http://www.voiceseducation.org/category/tag/civilization-and-ethics
"Who permitted it? Who has any right to permit it?"

【解説】:原発は安全か。原子力の専門家たちが国側と住民側とに分かれ争う伊方原発訴訟は、日本で初めての科学裁判と言われました。伊方裁判の原告側弁護団長を務めた藤田一良さん。原子力は全くの専門外でした。

【テロップ】:原告側弁護団長 藤田一良さん。

[原告側弁護団長 藤田一良]:「あの・・・司法の世界というのは、とかくこういう科学的な事とか、工学的な事が絡むと、皆、自分らは弁護士だからということで、そういう世界(科学的分野)のことは、まともにかまってやれることじゃない・・という面があって、あんまりそういう(科学的な)ことに手を出さない(傾向にある)んですよね。で、向こうは、全部(原発)推進ばっかしでしょう。挙国一致みたいな形で起こることは常に危ない、ヤバイところが必ず含まれていると・・そういうことは、僕は、ある種、ものの見方の固定観念みたいなものがありますからね。だから他の人がしない程、僕がせないかん事件やな、という・・そういう思いが強かったですよねぇ」

【テロップ】:森滝市郎

【解説】:裁判の傍聴席には原水爆禁止運動の指導者、森滝市郎がいました。1950年代に原子力の平和利用を容認した森滝市郎も、この頃には、全ての核を否定するという立場に立ち、住民を支援しました。1973年、およそ20年に渡る伊方原発訴訟が始まりました。

【テロップ】:立教大学

【解説】:伊方原発訴訟の法廷での専門家の証言を記録した弁論調書が残されていました。

【画面】:伊方原発行政訴訟
昭和50年10月23日 第9回口頭弁論
証人調書(藤井陽一 その1)
と手書きされたA4の分厚いファイル一冊。

【解説】:資料は320点。

【テロップ】:口頭弁論調書

【解説】:この記録によって、裁判の争点を辿ることができます。

【画面】:伊方原発行政訴訟
昭和50年10月23日 第9回口頭弁論
証人調書(藤井陽一 その1)
と手書きされたA4の分厚いファイル一冊をめくる映像

【解説】:原告がまず問うたのは、原発が安全だとして、国が設置許可を出した根拠は何か?ということでした。原告側の藤田弁護士は、国の安全審査の責任者、内田秀雄教授に、審査の際に想定した事故の規模について質問しています。

【テロップ】:原子炉安全専門審査会会長(東京大学工学部教授) 内田秀雄

【テロップ】:原告側弁護士 藤田一良

[原告側弁護士 藤田一良]:「最大限として、外に出る放射性物質の量は原子炉全体の何%ぐらいだという形で想定をして審査したわけでしょうか?」

【テロップ】:国側証人 内田秀雄

[国側証人 内田秀雄]:「放射性ヨウ素の場合は994キュリーと評価しております」[◆註:12]

[◆註:12]キュリー(Ci)は放射能の古い単位。現在使用されている放射能の国際単位系のベクレル(Bq)に換算すると、1キュリー=厳密に3.7×10の10乗ベクレル。従って内田秀雄氏の言う「放射性ヨウ素で994キュリーは3.6778×10の13乗ベクレル。

[原告側弁護士 藤田一良]:「それは原子炉内にある放射性物質のどのくらいになるわけですか?」

[国側証人 内田秀雄]:「一万分の一ぐらいじゃないかと思います」

[原告側弁護士 藤田一良]:「これは原子炉内の放射能が全部出るように想定するのがいいんじゃないですか?」

【テロップ】:緊急炉心冷却装置(ECCS)[◆註:13]

[◆註:13]Emergency Core Cooling System の略号

【解説】:国側は炉心から冷却水が失われても安全装置ECCSが働くので原子炉の中の放射能が全部出る事態には至らないと主張しました。

[国側証人 内田秀雄]:「燃料体が過熱したり、破損したり、あるいは溶融することが考えられますので、緊急炉心冷却設備によりまして、炉心に水を注入致します。従いまして格納容器スプレーによりまして、水を降らせまして、格納容器の圧力、温度というものが設計条件以下になるようにするわけです」

[国側証人 内田秀雄]:「安全対策の一番大きなものは、工学的安全施設を持っていることであります」

【テロップ】:原告側証人 藤本陽一

【解説】:これに対して原告側は、もし安全装置が働かなった場合は、深刻な事故に発展すると指摘、炉心溶融という現象について説明しました。

【テロップ】:炉心溶融(メルトダウン)

[原告側証人 藤本陽一]:「事故の時にどんなのが最悪の事故になるかというと、圧力容器の中の水が無くなってしまって、空焚きになる。それで原子炉はその熱を外へ運ぶものがなくなる。原子炉はその時止まるわけですけれども、放射能の余熱で炉の温度はどんどん上昇する。そういう状況が一番危険な状況。あり得る状況[◆註:14](です)。それを防げる自然法則は無いということです」

[◆註:14]緊急安全停止装置の多重防御システムが全て突破される事故が「シビア・アクシデント」

【テロップ】:原告側証人 (当時早稲田大学理工学部教授 藤本陽一さん

【解説】:原告側証人の一人だった藤本陽一さんです。藤本さんは、安全装置ECCSが働かない可能性を指摘しています。

[原告側証人(当時早稲田大学理工学部教授藤本陽一]:「最悪の可能性ってことを考えるならば、その・・ECCSが思ったように作用しないってことだって、あり得るわけですから。コンテナーという、もうひとつの防護壁がですね、人間のやる防御壁ですから、それも潰れた、という時にはですね、どれくらいの量の放射能が、放射性物質が放出されるかと。これはとても許容できないと・・」

【解説】:国は、そうした事故は想定する必要が無いほど、僅かな可能性しかないと主張。原告はその可能性について問い質しています。

[原告側弁護士 藤田一良]:「内田教授が主張する想定不適当事故というのは、どの程度の確率の事故をいうのですか?」

[国側証人 内田秀雄]:「国際的には、10のマイナス6乗くらいを目標にして。もう少し厳密にいえば、10のマイナス7乗よりも小さいということが、はっきりするようなものは想定しないわけです」

[原告側弁護団長 藤田一良]:「100万分の1でも当然起こりうるでしょう」

[国側証人 内田秀雄]:「起こりうるというわけではない。ありそうもない事故の確率というのは、こういう事故が起こらないというふうに設計して作ったわけです[◆註:15]。起こらないけれども、実際に起こらないことの信頼性はどの程度なのか、ということの答えなんです」

[◆註:15]内田秀雄氏の「こういう事故が起こらないというふうに設計して作った」のだから「だから事故は起きない」や、「起こらないけれども実際に起こらないことの信頼性はどの程度なのか、ということの答えなんです」という思考こそが、根本的に問われねばならない点。
 1級プラント配管技能士で、元原発建設現場監督であった故平井憲夫氏も、生前明確に指摘していた通り、原発設計が優秀で、二重、三重に多重防護されていて、故障が起きてもちゃんと止まるようになっていても、それは、あくまでも設計の段階までの話に過ぎない。施工、造る段階でおかしくなってしまっていることも、問題とされねばならない。
(井野博満編/井野博満・後藤政志・瀬川嘉之共著『福島原発事故はなぜ起きたか』藤原書店2011年参照)

【画面】:内田秀雄著『機械工学者の回想 科学 工学 技術』の著書

【解説】:深刻な事故の可能性は100万分の1と証言した内田秀雄教授の言葉です。
内田秀雄著『機械工学者の回想』の著書からの引用:「原子力利用のプラスの社会的意味・効果と、事故によるマイナスの影響・リスクの潜在性との比較が行われる必要がある。無視できる程度のリスクは受容可能であるということで、原子力発電の利用が容認・推進されると言うことの認識が大切である」[◆註:16]

[◆註:16]この内田秀雄教授の発言は、科学者の発言というより、政治家の発言である!科学者といえども政治から逃れ得ないとすれば、ますますその政治思想が問われねばならない。

【解説】:裁判で、国側は百万分の1とした確率の裏付けとして、アメリカの最新の研究を挙げています。

【テロップ】:原子炉安全研究(ラムスッセン報告)

【画面】:Accident Type
Motor Vehicle
Falls
Fires and Hot Substances
Drowning
Firearms
Air Travel
Falling Objects
Electrocution
Lightning
Tornadoes
Hurricanes
All Accidents
Nuclear Reactor Accidents
(100 plant).......1 in 5,000,000,000

【解説】:1975年に発表された報告書です。様々なリスクと原発事故と比較しています。原発事故で死亡する確率は、隕石の衝突で死亡する場合とほぼ同じ、50億分の1であると結論づけています。この報告書を日本に紹介した一人が、国側の証人、村主進さんでした。

【テロップ】:国側証人 村主進さん
[国側証人 村主進]:「まぁ・・炉心溶融する確率は百万年に1回と、言うのは我々・・僕も言ってました。我々が百万年に1回[◆註:17]って言っているのは、例えば、ECCSのポンプが、実際、何回起動要求を出した時に、起動しなかったか・・と言う実績をもとにして、それで出して(予測計算して)、百万年に1回ということを出しているわけなんですね」[◆註:18]

[◆註:17]ここで村主進氏は「百万年に1回」と言っているが、上述の文脈から推測し、「百万分の1」の言い間違い(村主進氏の勘違い)かもしれない?!

[◆註:18]ECCSのポンプが工学的に不起動となる確率計算をいくら積み重ねても、地震の振動や、津波、人為的ミス等など、ポンプの工学的原因以外の他の要因が原因で、ポンプが不起動となる場合の危険の確率までは考慮されていない。

【解説】:原子力利用の社会的効果を考えれば、100万分の1の事故の確率は無視しても良いとする国側。例え100万分の1でもゼロとは違うと主張する原告。両者の主張は平行線を辿りました。

【テロップ】:オイル・ショック 1973年10月

【解説】:伊方裁判が始まってまもなく、日本はオイル・ショックに見舞われました。石油不足から火力発電の送電が滞ります。計画停電で街は真っ暗になりました。経済界を中心に原発建設を求める機運が一層高まります。

(3)につづく




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by y_csm521 | 2011-11-28 13:06 | 資料・情報・講演