ブログトップ

COSMOSの原発関連ニュースメモ

ycsm521.exblog.jp

毎日たくさん流れてくる原発関係のニュースの個人的なメモです。

カテゴリ:チェルノブィリ( 2 )

すでにECRRのバズビー博士ほか多くの研究者が、低線量被ばくにおいても「がんや白血病」以外の多様な疾病(とくに心臓病など)が発生していることが指摘されています。その先がけとなる本格的研究論文の日本語訳を田中泉さんが提供してくれました。

バンダシェフスキー教授は、とくに食品体内摂取からのセシウム137による傷害プロセスは「多くの生命維持に重要なシステムの組織的・機能的障害を誘発する。その主たるものが心臓血管系である。」と(その他の臓器・内分泌系などについても)科学的に論証し警告しています。「住民の死亡率が出生率を2倍以上上回るという、(ベラルーシにおける)人口統計上の大惨事」が結論です。

Peace Philosophyからの転載ですが、メール表題を分かり易く「セシウム137による多様な病理的変異の研究」日本語訳とさせていただきました。表題・本文は以下のとおりです。

Peace Philosophy
たくさんの図表によって論証されていますので、それらを掲載できないのは残念ですが、本文だけでも趣旨は理解できると思います。是非、サイトから貴重な図表を確かめてお読みくださることをお薦めいたします。

======以下、転載======
Thursday, September 29, 2011
■チェルノブイリ事故による放射性物質で汚染されたベラルーシの諸地域における非ガン性疾患 Y・バンダシェフスキー教授 Non-cancer illnesses and conditions in areas of Belarus contaminated by radioactivity from the Chernobyl Accident: Prof. Yuri Bandashevsky Click here to open the original text in a PDF file.

ユーリ・バンダシェフスキー教授は、チェルノブイリ事故汚染によるベラルーシ地域の汚染被曝の影響について広範囲な研究を行ったベラルーシ人の科学者です。その功績に対して2009年欧州放射線リスク委員会(ECRR)レスボス会議からエドワード・ラッドフォード記念賞を授与されています。この受賞にあたって博士が寄与した、放射線核種のセシウム137の内部被曝による非ガン性影響に関する論文の日本語訳をご紹介します。

バンダシェフスキー教授は豊富な実験データを提示し、「セシウム137が人体に与える影響の特徴は、生命維持に重要な臓器や臓器系統の細胞内の代謝プロセスの抑制だとみられる」とまとめています。さらには「セシウム137により人間や動物の体内に引き起こされる病理的変異をすべてまとめて“長寿命放射性物質包有症候群”(SLIR)と名付けることもできそうである。」といい、その症候群は心臓血管系、神経系、内分泌系、免疫系、生殖系、消化器系、尿排泄系、肝臓系における組織的・機能的変異によって規定される代謝障害という形で表れると書きます。

SLIRを誘発する放射性セシウムの量は年齢、性別、その臓器の機能的状態により異なることを明記したうえで、「子どもの臓器と臓器系統では、50Bq/kg以上の取りこみによって相当の病的変化が起きている。しかし、10Bq/kg程度の蓄積でも様々な身体系統、特に心筋における代謝異常が起きることが報告されている。」という指摘を行っています。

バンダシェフスキー教授は2001年、ベラルーシ政府によって8年間の刑期で投獄されました。これは表向きには収賄容疑でしたが、国際的な人権団体であるアムネスティ・インターナショナルが同氏を「良心の囚人」(暴力を用いていないのに、自らの信条や信仰、出自、肌の色などを理由に、政府によって拘禁されたり自由を制限されたりしている人)と認定し、釈放を求めるキャンペーンを行った結果、2005年に釈放されました。

(田中泉 記)
参考:アムネスティインターナショナル

=====以下本文=====

■チェルノブイリ事故による放射性物質で汚染されたベラルーシの諸地域における非ガン性疾患 ユーリ・バンダシェフスキー教授
ミコラス・ロメリス大学(リトアニア、ヴィリニュス)

生態学的な環境は人体に影響をあたえ、人間社会の発展を支える。世界で環境保護(そして人々の健康)に関してかなりの全体的進歩があったことを見ようともせずに深刻な環境問題を抱えている国々がある。その先頭を行くのが旧ソ連諸国である。旧ソ連政権は、西側諸国の軍事的・経済的発展に追いつき追い越せという願望のあまり新しい産業技術を導入したが、それは環境、ひいては人びとの健康に致命的な影響を残した。何よりもまず、ソ連による核実験について考える必要がある。

1960年代以降、ベラルーシ、リトアニア、ラトヴィア、エストニア、ウクライナ、ロシアにまたがる広範な範囲が放射性物質で汚染されたのがその直接的な影響である。これらの国に住む人々は放射性物質があることに関して何の情報も持っていなかったので、当然その影響から身を守ることができなかった。

●ベラルーシにおける放射線と生態系にかかわる問題

1960年代初頭以降、これら旧ソ連諸国の住民が消費する食材から放射性核種セシウム137が非常に多く検出されている。[1]
チェルノブイリ事故によるベラルーシの汚染は有名だが(図1)[訳注:図1は見当たらず]、対してそれ以前に核実験の放射性降下物(フォールアウト)による汚染があったことはあまり知られていない。図2.2~2.4に旧ソ連における汚染の証拠資料をいくつか提示する。図2.2は、チェルノブイリ事故が起きる前の1960年代、セシウム137のレベルは非常に高かったが、1963年に大気圏核実験が禁止された後は着実に減っていった様子を示している。

たとえば、ベラルーシやバルト諸国の人びとが日常的に摂取する産品のうち、高レベルのセシウム137が含まれていたものの1つが牛乳である。[図2-3は]1967年から1970年にかけての「牛乳-セシウム 汚染地図」である。放射性核種セシウム137が最も多く観測されたのはベラルーシ共和国ゴメリ地方だった。

図2.1 1987年のベラルーシにおけるセシウム137の汚染状況
図2.2 村人たちの1日の食物摂取量あたりのセシウム137含有量(Marey A.N.ら、1974年)訳注:1ベクレル(Bq)=27ピコ
キュリー(pKu/pCi)
図2.3 1960年代ベラルーシのさまざまな地域における牛乳中のセシウム137含有量(pCi/l)
(紹介者註:地図および図表は掲載できませんでした。サイト原文を参照ください。以下同。)

1986年のチェルノブイリ原発事故は、多くの欧州諸国の住民、とくにベラルーシ共和国の住民に対し、すでに存在していた放射性物質の影響をいっそう強めた。
チェルノブイリ事故後、1992年*のベラルーシにおける放射性核種セシウム137の沈着量を示す地図(図2.1、図2.4)[訳注:図2.1は1987年の地図である] は、1960年代のベラ
ルーシにおける同様の放射性核種沈着の地図にほぼ符号している(Marey A.N.ら共著1974年)。1986年のチェルノブイリ事故
後、ベラルーシなどの国の人びとの健康に放射線が与えた影響について語ることができるようになったが、これはひとえに西側諸国の大衆の関心が高まったことによる。

1986年4月26日のチェルノブイリ事故は、その規模と影響からみて人類史上最大の人災と考えられている。その社会的・医学的・生態学的影響は、詳細な研究を要する。ベラルーシは欧州全体で最大の被害をこうむった国だ。チェルノブイリ原発4号炉で起きた事故の結果大気中に放出された放射性物質の約70%はベラルーシ共和国の領土の23%以上に当たる部分に降下し、そこを汚染した。

この地域では現在、子ども26万人を含む約140万人の住民が暮らしている。いまだに放射能汚染について大きな問題を抱えている地域が散見される。最も危険なのは放射性物質セシウム137とストロンチウム90を含む食材の摂取である。これらの放射性核種が内部被ばくに寄与する割合は70-80%に達する(バズビー&ヤブロコフ 2009年)。死亡率の上昇と出生率の低下により、
1993年以降のベラルーシの人口は、2002年は-5.9‰、2003年は-5.5‰、2005年は-5.2‰と、マイナス傾向になっている。

図2.4 1992年のベラルーシにおけるセシウム137の沈着地図
図2.5 ベラルーシ共和国 住民1000人当たりの死亡率と出生率


図2.6 ベラルーシ共和国人口指数、1950-2004
図2.7 ベラルーシの各地方における住民死亡率の推移
図2.8 ベラルーシの死因構成、2008年[訳注:外部要因とは事故・犯罪死など]

ベラルーシの住民の死因のうち主なものは心臓病と悪性腫瘍である。最大死因である心臓病が統計的に有意な増加を示していること、中でもチェルノブイリ原発事故の後処理に関わった人びとの間で増加していることには不安を禁じえない(図2.9)。
食物から永久的・慢性的に摂取される状況下において、放射性核種セシウム137は甲状腺、心臓、腎臓、脾臓、大脳など、生命活動のために重要な臓器に蓄積される。これらの臓器が受ける影響の度合いは様々である。

図2.9 ベラルーシ共和国における心臓病患者数推移
図2.10 ベラルーシ共和国 住民10万人あたりの悪性腫瘍発生率
図2.11 ベラルーシにおける甲状腺がん新規発生数の推移
キー: 1 ?心筋, 2 ?脳, 3 ?肝臓, 4 ? 甲状腺, 5 ?腎臓, 6 ?脾臓, 7 ?骨格筋, 8 ?小腸
図2.12 1997年及び1998年に行われたゴメリ地方住民の死体解剖時の放射測定データによる成人(青)と子ども(赤)の臓器別セシウム137含有量

セシウム137の取りこみにより、高分化細胞の代謝障害と変性・類壊死性のプロセスが進行する。それらの傷害の重症度は、生体内および上に挙げた臓器内のセシウム137濃度によって左右される(セシウム濃度の関数である)。傷害プロセスの強度ともたらされる組織傷害は並行する。通常、いくつかの臓器が同時にその有毒な放射線の影響にさらされると、全般的な代謝障害が誘発される。注意すべきなのは、生理的状況下において細胞増殖が無視できるほど少ないか全く起きない臓器や組織(例:心筋)が最も被害をこうむることである。

生体内に蓄積された場合、セシウム137は代謝のプロセスを阻害し、細胞膜の構造に影響を与えるとみられる。このプロセスは多くの生命維持に重要なシステムの組織的・機能的障害を誘発する。その主たるものが心臓血管系である。心筋における組織的・代謝的・機能的変異は放射性セシウムの蓄積と相関関係にあり、その毒性の影響を証明する。エネルギー産生系システムとミトコンドリア系システムが侵される。セシウム137の蓄積量が増えることによって細胞において重大かつ不可逆的な変化が起こると、類壊死のプロセスが発生する。エネルギー不安定性の影響でクレアチン・フォスフォキナーゼという酵素の抑制が表れる(図2.14)。

図2.13 45Bq/kg の放射性セシウムを取り込んだラットの心筋細胞中のミトコンドリアの集積 Uv.30000 [訳注:細胞内の縞模様の構造が
ミトコンドリアであるが、正常細胞よりも密度と大きさが増えている。]
キー: 1 - アルカリ性フォスファターゼ, 2 -クレアチン・フォスフォキナーゼ(р <0,05)
図2.14  実験動物の心筋細胞における酵素活性の変化(コントロールを100%として表示)

セシウム137の影響が最も激しく現れるのは、成長中の生体の心臓血管系である。小児の心筋における10Bq/kg以上の放射性セシウム蓄積は、電気生理学的な諸プロセスの異常をもたらす。1986年以降に生まれ、セシウム137による地表汚染が15Ci/ km2(訳注:55万5千Bq/㎡)以上蓄
積する地域で継続的に暮らしてきた人びとには、心臓血管系の深刻な病理的変異を反映する症状と心電図異常が現れる。学齢期の児童では、放射性核種セシウム137の取りこみにより、心拍の障害をもたらす心筋の電気生理的な障害が引き起こされる。生体内の放射性核種量と不整脈発生率との間には、明らかに相関関係が見受けられた(図2.15)。

図2.15 ECG変異が見られなかった小児の割合。スペクトロメータによる体表面セシウム137量別。(バンダシェフスキー&バンダシェフスキー)
図2.16- 43歳のドブルシュの住民の心筋の組織像(突然死のケース)
心臓内の放射性セシウム蓄積-45.4Bq/kg びまん性心筋細胞溶解、筋線維間浮腫、筋線維断裂が見られる。HE染色。倍率125倍。
図2.17 900Bq/kgの放射性セシウムが検出されたアルビノラットの腎臓の組織像。空洞の形成をともなう壊死および糸球体の破壊、および尿細管上皮の壊死と硝子化変性、HE染色。倍率125倍。

症状はかなり臓器毎に特異である。図2.17は腎臓における影響を示している。微小循環系の組織構造が異なるため、放射線被ばくによる病理変化も臓器によって異なる特徴を示す。腎臓の放射性疾病でネフローゼ症候群が伴うことはごく稀だが、通常の慢性糸球体腎炎に比べて重く、経過が早いという特徴がある。後者の場合、悪性がしばしば早い時期から発症することが多い。2-3年のうちに放射性腎臓障害は慢性腎不全や脳卒中、心臓病などを併発するようになる。生体中に代謝性に蓄積し、それが心筋やその他の臓器に有毒な影響をもたらし、高血圧を発症させることに加え、腎臓の破壊は、セシウム137の主要影響の1つである。

ゴメリにおける突然死の89%はこの種の全般的な臓器の破壊を伴っており、その状態は生前には記録されていなかった。また肝臓の深刻な病理的変化も重要である。肝臓において顕著な細胞蛋白の破壊と代謝性変容を伴う中毒性変性が進行すると、類脂肪物質が生成され、それが脂肪肝や肝硬変などの深刻な病理的進展をもたらす(図2.18)。

図2.18 40歳のゴメリ住民の肝臓の組織像(突然死)
肝臓への放射性セシウム蓄積-142.4Bq/kg
脂肪・蛋白変性、肝細胞壊死。HE染色。倍率125倍。

内分泌系もまた、取り込まれたセシウム137の影響にさらされる。それから副腎も取り込まれたセシウムに影響を受けると見られる。コルチゾールレベルは体内セシウム濃度に左右される。母親の胎内(特に胎盤)に相当量の濃縮されたセシウム137が蓄積されていた新生児においては、コルチゾール生成の変異が特に顕著にみられる(図2.19)。これらの胎児たちは子宮に適応できないことでよく知られる。この影響は、セシウム137が与えられた母親を持つラットにみられる(図2.19、2.20)

キー:胎盤におけるセシウム137濃度: グループ 1 ? 1-99
Bq/kg; グループ 2 ? 100-199 Bq/kg; グループ 3? >200 Bq/kg.
図 2.19 -セシウム投与群(テスト群)、非投与群(対照群)にみられる母親と胎児の血液中のコルチゾール濃度

女性の生殖系の疾患は内分泌系統の異常で起きる。放射性セシウムはまた、妊娠可能な女性では性周期のさまざまな時期における黄体ホルモン-女性ホルモンのアンバランスの原因ともなる。これが不妊症の主たる要因となる。胎盤その他の内分泌系の臓器に取り込まれた放射性セシウムは、母親の生体にも胎児にもホルモン障害を増加させる。

特にセシウム137の濃度が高まるとテストステロンや甲状腺ホルモン、血液中のコルチゾンの含有量も増加する。放射性セシウムにより母子の生体内でホルモンバランスが乱れると、妊娠期間が遷延し、分娩合併症と新生児の発育障害が増加する。母乳を与える場合、放射性セシウムは子の生体中に移行する。従って、母親の放射能が減った分、子の生体はセシウム137により汚染される。この新生児期にからだの諸器官が形成されるが、放射性セシウムは子の生体に対して極めて否定的な影響を与える。

放射性元素の取りこみに最初に反応するのが神経系である。28日間オート麦を介して放射性セシウムを40-60Bq/kg投与したラットでは、脳の様々な部位、特に大脳において、モノアミンおよび神経刺激性のアミノ酸の生合成に顕著なアンバランスが起こる。これは平均致死線量(訳注:細胞の生存率を37%まで減らす線量。哺乳類では1~2Sv)あるいはそれを越える線量に被ばくした場合に見られる現象である。このことは自律神経の様々な障害に反映される。

図2.20セシウム137を投与された母体から生まれたラットの胎児




放射線汚染地域に住む児童に白内障が増加した件についても触れられるべきだ。この疾患の検出頻度は、他の疾患と同様に、生体内の放射性核種セシウム137の量と直接関係性がある(図2.21)。

図2.21生体内のセシウム137(Bq/kg)の平均的なレベルとゴメリ地方ヴェトカ地区の子どもの白内障発症率増加の関係(ユーリ・バンダシェフスキー共著、1997、1999)

まとめると、長寿命の放射線核種セシウム137は、多数の生命維持に重要な臓器や身体系統に影響を与える。その結果、放射性セシウムの濃度に依存するプロセスとして高分化細胞が悪影響を受ける。エネルギー産出系統の破壊を基盤にしたこのプロセスは、蛋白の破壊へとつながっていく。この繋がりにおいて、セシウム137が人体に与える影響の特徴は、生命維持に重要な臓器や臓器系統の細胞内の代謝プロセスの抑制だとみられる。これは毒性組織(窒素化合物)の直接的な影響と効果、および心臓血管系の障害による組織発育の阻害とによるものである。

セシウム137により人間や動物の体内に引き起こされる病理的変異をすべてまとめて「長寿命放射性物質包有症候群」(SLIR)と名付けることもできそうである。この症候群は生体に放射性セシウムが取り込まれた場合に表れる(その重症度は取り込まれた量と時間で決まる)。

そして、その症候群は心臓血管系、神経系、内分泌系、免疫系、生殖系、消化器系、尿排泄系、肝臓系における組織的・機能的変異によって規定される代謝障害という形で表れる。SLIRを誘発する放射性セシウムの量は年齢、性別、そしてその臓器の機能的状態により異なる。子どもの臓器と臓器系統では、50Bq/kg以上の取りこみによって相当の病的変化が起きている。しかし、10Bq/kg程度の蓄積でも様々な身体系統、特に心筋における代謝異常が起きることが報告されている。


●結論

チェルノブイリ原発事故から23年、長期間に渡って放射性物質に汚染された地域に生活しこれらの放射性核種を摂取してきたベラルーシ共和国の住民たちは、心臓病と悪性腫瘍の発症リスク増加に見舞われてきた。これらの病気が事故後23年間着実に増加し続けたことにより、住民の死亡率が出生率を2倍以上上回るという、人口統計上の大惨事といえる状況がもたらされた。現在の状況は、チェルノブイリ事故の被害を受けた地域に暮らす市民の健康を守るための対策を速やかに講ずるための国レベルおよび国際レベルの決断を必要としている。
[1] (Marey A.N. 共著 1974年、ルシャーエフA.P.共著 1974年、テルノフV.I., グルスカヤN.V. 1974年).


翻訳:田中泉 翻訳協力:松崎道幸


[PR]
by y_csm521 | 2011-09-29 23:50 | チェルノブィリ
『チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト』の許可を得て、『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響』(Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment)の「前書き」を紹介いたします。本書は年内に岩波書店から刊行の予定です。

●チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト
チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト公式サイト
サイトの「このプロジェクトについて」には、つぎのよう書かれています。

「1986年4月26日に起きたチェルノブイリ事故の被害をめぐっては、国連、IAEA(国際原子力機関)、WHO(世界保健機構)などにより「直接的な死者は50人、最終的な死者は4000人」といった過小評価が公式化されてきましたが、実態ははるかに深刻です。なかでも、ゴルバチョフの科学顧問を務めたロシアの科学者アレクセイ・ヤブロコフ博士を中心とする研究グループが2009年にまとめた報告書『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響』(Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment)は、英語だけでなくロシア、ウクライナ、ベラルーシ現地の膨大な記録や文献から、犠牲者数を少なくとも98万5000人と見積もっています。

東日本大震災と津波が引き金となった福島原発事故により、私たちはチェルノブイリに匹敵する放射線被曝が日常化する時代を生きなければならなくなりました。“フクシマ後”の日本人がチェルノブイリ被害から学ぶには、その真相を知る必要があります。」


======以下全文転載======

『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響』


(Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment)

2011年8月23日火曜日
●前書き

チェルノブイリの大惨事が突如発生してこの世界を一変させてから22年以上がすぎた。壊れた原子炉から排出された放射性物質(訳注1)が生きとし生けるものすべての上に降り注ぎ、わずか数日のあいだに、大気も水も、花も木も森も川も、そして海も、人間にとって脅威の源と化した。北半球全域で放射能が生活圏のほとんどを覆い尽くし、すべての生き物にとって潜在的な障害の発生源となった。

当然のことながら、事故直後、一般市民は非常に激しい反応を示し、原子力工学に対する不信をあらわにした。多くの国が原子力発電所の新規建設中止を決定した。チェルノブイリの害を緩和するのに巨額の費用が必要となったため、原子力発電はすぐに“高くつくもの”になった。こうした反応は、多くの国の政府、国際機関、原子力技術を担当する公的機関にとって都合が悪く、そのため、チェルノブイリ大惨事で直接傷害を負った人々の問題、また慢性的な放射線被曝が汚染地域の住民の健康に及ぼした影響にどう取り組むかをめぐって、ねじれた二極化が生じた。

立場が両極端に分かれてしまったために、低線量被曝(訳注2)が引き起こす放射線学・放射線生物学的現象について、客観的かつ包括的な研究を系統立てて行い、それによって起こりうる悪影響を予測し、その悪影響から可能な限り住民を守るための適切な対策をとる代わりに、原子力推進派は実際の放射性物質の放出量や放射線量、被害を受けた人々の罹病率に関するデータを統制し始めた。

放射線被曝に関連する疾患が明らかに増加して隠しきれなくなると、国を挙げて怖がった結果こうなったと説明して片づけようとした。それと同時に、現代の放射線生物学の概念のいくつかが突如変更された。たとえば、電離放射線と細胞分子構造のあいだのおもな相互作用の性質に関する基礎的な知見に反し、放射線の影響について「しきい値のない直線的効果モデル」(訳注3)を否定するキャンペーンが始まった。また、人間以外のいくつかの生物組織で観察された低線量被曝の影響によるホルミシス効果(訳注4)に基づいて、チェルノブイリ程度の線量は実は人間にも他のすべての生き物にも有益なのだと主張し始める科学者も出てきた。

この二極化は、チェルノブイリの炉心溶融(メルトダウン)(訳注5)から20年を迎えた2006年に頂点に達した。この頃には、何百万人もの人々の健康状態が悪化し、生活の質も低下していた。2006年4月、ウクライナのキエフで、二つの国際会議があまり離れていない会場で開催された。一方の主催者は原子力推進派、もう一方の主催者は、チェルノブイリ大惨事の被害者が実際にはどのような健康状態にあるかを懸念する多くの国際組織だった。前者の会議は、そのおそろしく楽観的な立場に当事者であるウクライナが異を唱え、今日に至るまで決議は合意に達していない。後者の会議は、広大な地域の放射能汚染が住民の健康に明らかに悪影響を及ぼしているという点で全会一致し、ヨーロッパ諸国では、この先何年にもわたって放射線による疾患のリスクは増大したまま減少することはないと予測した。

私はずっと考えてきたのだが、今こそ、一方にはテクノクラシー(訳注6)の信奉者、もう一方にはチェルノブイリの放射性降下物(訳注7)にさらされた人々に対する悪影響のリスクを判定する客観的かつ科学的手法の支持者、という対立に終止符を打つときがきている。リスクが小さくないと信じる根拠には強い説得力がある。

1986年以降の10年間に関してソビエト連邦とウクライナの政府委員会が作成した事故当時の文書が機密解除され、その中に、急性放射線症(訳注8)で病院に運ばれた多くの人々のデータが含まれていた。その数は、最近の公式文書に引用されたものより二桁多かった。放射線被曝によって病気になった人の数を数えるのにこれほどの違いがあることを、どう解釈すればいいのだろうか。医師の診断がみな誤診だったと考えるのは根拠がない。鼻咽頭の疾患が広がっていたことは、メルトダウン直後の10日間にすでに多くの人が知っていた。どれほどの量あるいは線量のホットパーティクル(訳注9)が鼻咽頭の上皮に付着して、この症候群を引き起こしたかはわからない。おそらく一般に認められている数字よりも高かったのだろう。

チェルノブイリの大惨事による被曝線量(訳注10)を年間通算で推計するには、地表および樹木の葉に降下した放射性物質による被曝を考慮することが決定的に重要である。こうした放射性降下物に含まれた半減期(訳注11)の短い放射性核種(訳注12)が、さまざまな形の食品を汚染した。これらの核種のうち、いくつかの放射能値は、1987年になってもなお、セシウム137(Cs-137)やストロンチウム90(Sr-90)による汚染を上回っていた。したがって、セシウム137の線量尺度のみに基づいて被曝線量を算出する取り決めでは、実際の累積実効線量(訳注13)を明らかに過小評価することにつながる。内部被曝(訳注14)線量は、さまざまな地域で牛乳とジャガイモの放射能に基づいて規定された。ウクライナ領内のポレーシェ(湿原地帯)(訳注15)では、消費される食品のかなりの割合をきのこ類など森の収穫物が占めているが、その放射能は考慮されなかった。

細胞遺伝学的な効果に及ぼす生物学的効率は、外部放射線被曝と内部放射線被曝とで異なる。内部被曝のほうが大きな損傷を与えるが、これもまた無視された事実の一つだ。したがって、特に原子炉事故直後の一年に関し、被曝線量が適切に推計されていないと考えることには根拠がある。この結論は、大惨事後20年間の罹病率の増加に関するデータによって裏づけられる。何よりもまず、子どもの悪性甲状腺疾患に関して非常に具体的なデータがあり、これについては、病気の主因として「放射能恐怖症」説を支持する陣営でさえ否定していない。時が経つにつれて、潜伏期間の長い腫瘍性疾患、とりわけ乳ガンや肺ガンが増加した。

また、年とともに(放射線に起因すると考えられる)非悪性疾患(訳注16)が増加して、チェルノブイリ大惨事の被害を受けた地域の子どもの罹病率全体が高くなり、「実質的に健康と言える子ども」の割合が減り続けている。たとえばウクライナのキエフでは、メルトダウン前は90パーセントの子どもが健康とみなされていたが、現在その数字は20パーセントである。ウクライナ領内のポレーシェの一部では、健康と言えるような子どもは存在せず、事実上すべての年齢層で罹病率が上がっている。疾病の発生頻度は、チェルノブイリの事故以来、数倍になっている。心臓発作や虚血性疾患が増え、心臓血管系疾患が増加していることは明らかだ。これにともなって平均寿命が短くなっている。子どもと成人の両方で中枢神経系の疾患が懸念材料である。目の病気、特に白内障の発生数が急増している。強い懸念材料として、妊娠の合併症と、いわゆる「リクビダートル(チェルノブイリ事故処理作業従事者)」の子ども、および放射性核種高汚染地帯からの避難者の子どもの健康状態が挙げられる。

こうした説得力のあるデータがありながら、原子力エネルギー擁護派の一部はもっともらしさを装い、放射線が住民に及ぼした明らかな悪影響を否定している。実際に、医学や生物学に関する研究への資金提供をほぼ全面的に拒否したり、「チェルノブイリ問題」を担当していた政府組織を解体したりすることさえある。また原子力ロビーの圧力の下、官僚が学術専門要員をチェルノブイリに由来する問題の研究からはずして異動させた例もある。

生物学および医学の急速な進歩は、慢性的な核放射線被曝によって引き起こされる多くの疾病をいかに防ぐかを見出すうえで希望の源である。ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの科学者と医師がチェルノブイリの大惨事後に獲得した経験を踏まえたならば、そうした研究ははるかに急速に進むはずだ。今日私たちに開かれている機会を逃すことは大きな過ちだろう。私たちは、偏りのない客観性が勝利を収め、その結果としてチェルノブイリ大惨事が人と生物多様性に及ぼした影響を見きわめようとする努力に全面的な支持が寄せられ、さらには私たちが今後、技術の進歩と、広く道義を重んずる態度とを身につけていく際、そうした客観性がよるべとなる――そんな日を目指さなければならない。その日が来ることを待ち望み、信じなければならない。

本書はおそらく、チェルノブイリが人々の健康と環境に及ぼした悪影響に関するデータを、もっとも多く広く包括的に集めたものである。本書の報告には、そうした悪影響は減少するどころか増大しており、将来にわたって増え続けることが示されている。本書の主たる結論は、「チェルノブイリを忘れる」ことは不可能であり、また間違っているということである。この先幾世代にもわたって、人々の健康も自然の健全性も悪影響を受け続けることになるだろう。

ディミトロ・M・グロジンスキー教授(生物学博士)
ウクライナ国立科学アカデミー一般生物学部長
ウクライナ国立放射線被曝防護委員会委員長


●< 訳注 >

1. 放射性物質: 放射能をもつ(放射線を出す)原子を含む物質。自然に存在する放射性原子や、人工的に作られる放射線原子がある。放射性原子の構造は不安定で、放射線を出してより安定した状態になろうとする。放射線を出して(このとき核分裂を伴うこともある)安定に向かうことを崩壊という。崩壊の種類にはα崩壊やβ崩壊などがある。なお、一つひとつの原子についていつ放射線を出すかは分からない。多数の放射性原子の集団から出る放射線の量が半分になる時期を半減期という。

2. 低線量被曝: 低い放射線量による被曝。被曝の影響は吸収された放射線の量だけでなく、放射線の種類やエネルギーによっても異なる。

3. しきい値のない直線的効果モデル: LNTモデル。ガンや白血病などの発生確率は放射線の量に比例し、低線量の被曝でもこれ以下ならばガンや白血病がでないという境界の線量(しきい値)はないとする考え。ICRPは1977年に、人間の健康を護るために放射線を管理するにはもっとも合理的なモデルとして採用した。

 ※ しきい値: 放射線被曝の影響がそれ以下ならば出ないという境界の線量。

4. ホルミシス効果: ホルミシス説。低線量の被曝にもしきい値があり、大量に受ければ健康に害があってもごく微量であれば返って健康に良いとする説。科学的根拠はないとされている。

5. 炉心溶融(メルトダウン): 核分裂連鎖反応が急速に進んだり原子炉を冷やす冷却材が失われるなどの理由で、原子炉の温度が上がりすぎて炉心(放射性物質の巨大な塊)が溶ける深刻な事態のこと。歴史的に見て、溶融した炉心の核反応は制御し難く、核爆発にいたることもあり、核物質が周囲の環境に拡散する。

6. テクノクラシー: 技術官僚(テクノクラート)が強力な影響を持つ、あるいは支配する体制のこと。近代国家の戦争や国威発揚、経済競争に科学の成果は決定的な貢献をした。科学者を独占的に支配した官僚集団をテクノクラートという。技術官僚自身は高度の専門科学者ではなく、政策に協力する科学者の質や量や設備の拡充を推進する。

7. 放射性降下物 : フォールアウトまたは“死の灰”とも呼ばれる。核爆発や核事故により発生した原子雲や火球などには放射性粒子が含まれている。放射性物質を含んで落下してくるそれらの塵埃や水滴などを放射性降下物という。

8. 急性放射線症 : 被曝後すぐ、おおむね数日ないし3週間以内、遅くとも2~3ヵ月以内(急性期)に現れる嘔吐、白血球減少、小腸出血、脱毛などの症状。症状の重篤度は概ね被曝量と相関する。急性障害は一定の被曝線量(しきい値)を超えると、ほぼ確実に出現する。このような急性障害は確定的障害に属する。

9. ホットパーティクル: 核燃料の断片のこと。高放射性粒子ともいう。空気中に塵となって舞うこの高い放射能を帯びた粒子が肺に入ると、体内に吸収されや健康に深刻なダメージを与える。

10. 被曝線量: 人体が曝された放射線の線量。放射線に曝された線量すなわち吸収線量の単位はグレイ(Gy)だが、放射線の種類によって生物に与える影響が異なり線量だけでは言い表せないので、等価線量シーベルトになおすには生物効果の係数をかける。エックス線、ガンマ線、ベータ線は 1グレイ=1シーベルト、中性子線は1グレイ=5から20シーベルト、アルファ線は 1グレイ=20シーベルト。

11. 半減期: あるものの量がはじめの2分の1になるのに要する時間を半減期という。放射性核種のから放出される放射線の物理的な半減期は、核種により異なり、たとえばヨウ素131は約8日、セシウム137は約30年である。生物学的半減期とは体内に蓄積した放射性核種から出る放射能の量が半分になる時間を言う。生物学的半減期は排泄によって物理的半減期より短いが、短さは物質によって異なる。

12. 放射性核種: 放射能を持つ核種のこと。原発の事故ではウランやプルトニウムやそれらの核分裂によって生じたさまざまな放射性核種が環境中に放出される。放射能をもたない核種のことは安定核種という。

13. 累積実効線量: 放射線被曝による影響は臓器や組織ごとに異なるということを考慮して算出した実効線量を、1年間(年度)ごとに合計した値。

 ※ 実効線量: 放射線被曝による全身の健康障害を評価する尺度の一つ。放射線照射の影響は臓器や組織ごとに異なるが、それらを考慮した算出方法である。単位はシーベルト(Sv)を用いる。

14. 内部被曝: 食物や塵埃などを通して体内に取り込んだ放射性物質が出す放射線による被曝。体内被曝とも言う。殆どの場合、除染はきわめて困難であり、健康への影響が大きい。骨髄に集積した放射線物質は放射線に感受性の高い造血臓器からの発癌確率を増大させる。

15. ポレーシェ: ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの三国にまたがる広大な湿地帯(湖沼地帯)の名称。ポレーシェとはロシア語で湿地帯の意。チェルノブイリ原子力発電所はこのポレーシェのウクライナ側に位置している。水資源にめぐまれ、豊かな自然が広がる農村地帯だったが、事故で一帯が濃い放射能に汚染され、広い範囲が立ち入り禁止区域や危険区域に指定されている。ウクライナとベラルーシにはそれぞれ原語での呼称があるが便宜上ロシア語読みに統一した。

16. 非悪性疾患: 死を来す可能性のあるガンなどの悪性腫瘍疾患ではなく、肺炎や糖尿病といった感染・代謝・循環などの疾患一般のこと。


・ 書籍版は岩波書店から刊行されます。刊行時期は決定ししだいお知らせします。

本書は1986年に起きたチェルノブイリ原子力発電所の過酷事故を受けて、放射線被曝の実態を明らかにし、その悪影響を軽減したいと考える人びとの努力と経験を伝えるもので、それをどう活かすかは私たちの課題です。

2011年8月7日
星川 淳(作家・翻訳家、一般社団法人act beyond trust事務局長)



[PR]
by y_csm521 | 2011-09-15 22:01 | チェルノブィリ