ブログトップ

COSMOSの原発関連ニュースメモ

ycsm521.exblog.jp

毎日たくさん流れてくる原発関係のニュースの個人的なメモです。

<   2011年 09月 ( 46 )   > この月の画像一覧

『チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト』の許可を得て、『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響』(Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment)の「前書き」を紹介いたします。本書は年内に岩波書店から刊行の予定です。

●チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト
チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト公式サイト
サイトの「このプロジェクトについて」には、つぎのよう書かれています。

「1986年4月26日に起きたチェルノブイリ事故の被害をめぐっては、国連、IAEA(国際原子力機関)、WHO(世界保健機構)などにより「直接的な死者は50人、最終的な死者は4000人」といった過小評価が公式化されてきましたが、実態ははるかに深刻です。なかでも、ゴルバチョフの科学顧問を務めたロシアの科学者アレクセイ・ヤブロコフ博士を中心とする研究グループが2009年にまとめた報告書『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響』(Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment)は、英語だけでなくロシア、ウクライナ、ベラルーシ現地の膨大な記録や文献から、犠牲者数を少なくとも98万5000人と見積もっています。

東日本大震災と津波が引き金となった福島原発事故により、私たちはチェルノブイリに匹敵する放射線被曝が日常化する時代を生きなければならなくなりました。“フクシマ後”の日本人がチェルノブイリ被害から学ぶには、その真相を知る必要があります。」


======以下全文転載======

『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響』


(Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment)

2011年8月23日火曜日
●前書き

チェルノブイリの大惨事が突如発生してこの世界を一変させてから22年以上がすぎた。壊れた原子炉から排出された放射性物質(訳注1)が生きとし生けるものすべての上に降り注ぎ、わずか数日のあいだに、大気も水も、花も木も森も川も、そして海も、人間にとって脅威の源と化した。北半球全域で放射能が生活圏のほとんどを覆い尽くし、すべての生き物にとって潜在的な障害の発生源となった。

当然のことながら、事故直後、一般市民は非常に激しい反応を示し、原子力工学に対する不信をあらわにした。多くの国が原子力発電所の新規建設中止を決定した。チェルノブイリの害を緩和するのに巨額の費用が必要となったため、原子力発電はすぐに“高くつくもの”になった。こうした反応は、多くの国の政府、国際機関、原子力技術を担当する公的機関にとって都合が悪く、そのため、チェルノブイリ大惨事で直接傷害を負った人々の問題、また慢性的な放射線被曝が汚染地域の住民の健康に及ぼした影響にどう取り組むかをめぐって、ねじれた二極化が生じた。

立場が両極端に分かれてしまったために、低線量被曝(訳注2)が引き起こす放射線学・放射線生物学的現象について、客観的かつ包括的な研究を系統立てて行い、それによって起こりうる悪影響を予測し、その悪影響から可能な限り住民を守るための適切な対策をとる代わりに、原子力推進派は実際の放射性物質の放出量や放射線量、被害を受けた人々の罹病率に関するデータを統制し始めた。

放射線被曝に関連する疾患が明らかに増加して隠しきれなくなると、国を挙げて怖がった結果こうなったと説明して片づけようとした。それと同時に、現代の放射線生物学の概念のいくつかが突如変更された。たとえば、電離放射線と細胞分子構造のあいだのおもな相互作用の性質に関する基礎的な知見に反し、放射線の影響について「しきい値のない直線的効果モデル」(訳注3)を否定するキャンペーンが始まった。また、人間以外のいくつかの生物組織で観察された低線量被曝の影響によるホルミシス効果(訳注4)に基づいて、チェルノブイリ程度の線量は実は人間にも他のすべての生き物にも有益なのだと主張し始める科学者も出てきた。

この二極化は、チェルノブイリの炉心溶融(メルトダウン)(訳注5)から20年を迎えた2006年に頂点に達した。この頃には、何百万人もの人々の健康状態が悪化し、生活の質も低下していた。2006年4月、ウクライナのキエフで、二つの国際会議があまり離れていない会場で開催された。一方の主催者は原子力推進派、もう一方の主催者は、チェルノブイリ大惨事の被害者が実際にはどのような健康状態にあるかを懸念する多くの国際組織だった。前者の会議は、そのおそろしく楽観的な立場に当事者であるウクライナが異を唱え、今日に至るまで決議は合意に達していない。後者の会議は、広大な地域の放射能汚染が住民の健康に明らかに悪影響を及ぼしているという点で全会一致し、ヨーロッパ諸国では、この先何年にもわたって放射線による疾患のリスクは増大したまま減少することはないと予測した。

私はずっと考えてきたのだが、今こそ、一方にはテクノクラシー(訳注6)の信奉者、もう一方にはチェルノブイリの放射性降下物(訳注7)にさらされた人々に対する悪影響のリスクを判定する客観的かつ科学的手法の支持者、という対立に終止符を打つときがきている。リスクが小さくないと信じる根拠には強い説得力がある。

1986年以降の10年間に関してソビエト連邦とウクライナの政府委員会が作成した事故当時の文書が機密解除され、その中に、急性放射線症(訳注8)で病院に運ばれた多くの人々のデータが含まれていた。その数は、最近の公式文書に引用されたものより二桁多かった。放射線被曝によって病気になった人の数を数えるのにこれほどの違いがあることを、どう解釈すればいいのだろうか。医師の診断がみな誤診だったと考えるのは根拠がない。鼻咽頭の疾患が広がっていたことは、メルトダウン直後の10日間にすでに多くの人が知っていた。どれほどの量あるいは線量のホットパーティクル(訳注9)が鼻咽頭の上皮に付着して、この症候群を引き起こしたかはわからない。おそらく一般に認められている数字よりも高かったのだろう。

チェルノブイリの大惨事による被曝線量(訳注10)を年間通算で推計するには、地表および樹木の葉に降下した放射性物質による被曝を考慮することが決定的に重要である。こうした放射性降下物に含まれた半減期(訳注11)の短い放射性核種(訳注12)が、さまざまな形の食品を汚染した。これらの核種のうち、いくつかの放射能値は、1987年になってもなお、セシウム137(Cs-137)やストロンチウム90(Sr-90)による汚染を上回っていた。したがって、セシウム137の線量尺度のみに基づいて被曝線量を算出する取り決めでは、実際の累積実効線量(訳注13)を明らかに過小評価することにつながる。内部被曝(訳注14)線量は、さまざまな地域で牛乳とジャガイモの放射能に基づいて規定された。ウクライナ領内のポレーシェ(湿原地帯)(訳注15)では、消費される食品のかなりの割合をきのこ類など森の収穫物が占めているが、その放射能は考慮されなかった。

細胞遺伝学的な効果に及ぼす生物学的効率は、外部放射線被曝と内部放射線被曝とで異なる。内部被曝のほうが大きな損傷を与えるが、これもまた無視された事実の一つだ。したがって、特に原子炉事故直後の一年に関し、被曝線量が適切に推計されていないと考えることには根拠がある。この結論は、大惨事後20年間の罹病率の増加に関するデータによって裏づけられる。何よりもまず、子どもの悪性甲状腺疾患に関して非常に具体的なデータがあり、これについては、病気の主因として「放射能恐怖症」説を支持する陣営でさえ否定していない。時が経つにつれて、潜伏期間の長い腫瘍性疾患、とりわけ乳ガンや肺ガンが増加した。

また、年とともに(放射線に起因すると考えられる)非悪性疾患(訳注16)が増加して、チェルノブイリ大惨事の被害を受けた地域の子どもの罹病率全体が高くなり、「実質的に健康と言える子ども」の割合が減り続けている。たとえばウクライナのキエフでは、メルトダウン前は90パーセントの子どもが健康とみなされていたが、現在その数字は20パーセントである。ウクライナ領内のポレーシェの一部では、健康と言えるような子どもは存在せず、事実上すべての年齢層で罹病率が上がっている。疾病の発生頻度は、チェルノブイリの事故以来、数倍になっている。心臓発作や虚血性疾患が増え、心臓血管系疾患が増加していることは明らかだ。これにともなって平均寿命が短くなっている。子どもと成人の両方で中枢神経系の疾患が懸念材料である。目の病気、特に白内障の発生数が急増している。強い懸念材料として、妊娠の合併症と、いわゆる「リクビダートル(チェルノブイリ事故処理作業従事者)」の子ども、および放射性核種高汚染地帯からの避難者の子どもの健康状態が挙げられる。

こうした説得力のあるデータがありながら、原子力エネルギー擁護派の一部はもっともらしさを装い、放射線が住民に及ぼした明らかな悪影響を否定している。実際に、医学や生物学に関する研究への資金提供をほぼ全面的に拒否したり、「チェルノブイリ問題」を担当していた政府組織を解体したりすることさえある。また原子力ロビーの圧力の下、官僚が学術専門要員をチェルノブイリに由来する問題の研究からはずして異動させた例もある。

生物学および医学の急速な進歩は、慢性的な核放射線被曝によって引き起こされる多くの疾病をいかに防ぐかを見出すうえで希望の源である。ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの科学者と医師がチェルノブイリの大惨事後に獲得した経験を踏まえたならば、そうした研究ははるかに急速に進むはずだ。今日私たちに開かれている機会を逃すことは大きな過ちだろう。私たちは、偏りのない客観性が勝利を収め、その結果としてチェルノブイリ大惨事が人と生物多様性に及ぼした影響を見きわめようとする努力に全面的な支持が寄せられ、さらには私たちが今後、技術の進歩と、広く道義を重んずる態度とを身につけていく際、そうした客観性がよるべとなる――そんな日を目指さなければならない。その日が来ることを待ち望み、信じなければならない。

本書はおそらく、チェルノブイリが人々の健康と環境に及ぼした悪影響に関するデータを、もっとも多く広く包括的に集めたものである。本書の報告には、そうした悪影響は減少するどころか増大しており、将来にわたって増え続けることが示されている。本書の主たる結論は、「チェルノブイリを忘れる」ことは不可能であり、また間違っているということである。この先幾世代にもわたって、人々の健康も自然の健全性も悪影響を受け続けることになるだろう。

ディミトロ・M・グロジンスキー教授(生物学博士)
ウクライナ国立科学アカデミー一般生物学部長
ウクライナ国立放射線被曝防護委員会委員長


●< 訳注 >

1. 放射性物質: 放射能をもつ(放射線を出す)原子を含む物質。自然に存在する放射性原子や、人工的に作られる放射線原子がある。放射性原子の構造は不安定で、放射線を出してより安定した状態になろうとする。放射線を出して(このとき核分裂を伴うこともある)安定に向かうことを崩壊という。崩壊の種類にはα崩壊やβ崩壊などがある。なお、一つひとつの原子についていつ放射線を出すかは分からない。多数の放射性原子の集団から出る放射線の量が半分になる時期を半減期という。

2. 低線量被曝: 低い放射線量による被曝。被曝の影響は吸収された放射線の量だけでなく、放射線の種類やエネルギーによっても異なる。

3. しきい値のない直線的効果モデル: LNTモデル。ガンや白血病などの発生確率は放射線の量に比例し、低線量の被曝でもこれ以下ならばガンや白血病がでないという境界の線量(しきい値)はないとする考え。ICRPは1977年に、人間の健康を護るために放射線を管理するにはもっとも合理的なモデルとして採用した。

 ※ しきい値: 放射線被曝の影響がそれ以下ならば出ないという境界の線量。

4. ホルミシス効果: ホルミシス説。低線量の被曝にもしきい値があり、大量に受ければ健康に害があってもごく微量であれば返って健康に良いとする説。科学的根拠はないとされている。

5. 炉心溶融(メルトダウン): 核分裂連鎖反応が急速に進んだり原子炉を冷やす冷却材が失われるなどの理由で、原子炉の温度が上がりすぎて炉心(放射性物質の巨大な塊)が溶ける深刻な事態のこと。歴史的に見て、溶融した炉心の核反応は制御し難く、核爆発にいたることもあり、核物質が周囲の環境に拡散する。

6. テクノクラシー: 技術官僚(テクノクラート)が強力な影響を持つ、あるいは支配する体制のこと。近代国家の戦争や国威発揚、経済競争に科学の成果は決定的な貢献をした。科学者を独占的に支配した官僚集団をテクノクラートという。技術官僚自身は高度の専門科学者ではなく、政策に協力する科学者の質や量や設備の拡充を推進する。

7. 放射性降下物 : フォールアウトまたは“死の灰”とも呼ばれる。核爆発や核事故により発生した原子雲や火球などには放射性粒子が含まれている。放射性物質を含んで落下してくるそれらの塵埃や水滴などを放射性降下物という。

8. 急性放射線症 : 被曝後すぐ、おおむね数日ないし3週間以内、遅くとも2~3ヵ月以内(急性期)に現れる嘔吐、白血球減少、小腸出血、脱毛などの症状。症状の重篤度は概ね被曝量と相関する。急性障害は一定の被曝線量(しきい値)を超えると、ほぼ確実に出現する。このような急性障害は確定的障害に属する。

9. ホットパーティクル: 核燃料の断片のこと。高放射性粒子ともいう。空気中に塵となって舞うこの高い放射能を帯びた粒子が肺に入ると、体内に吸収されや健康に深刻なダメージを与える。

10. 被曝線量: 人体が曝された放射線の線量。放射線に曝された線量すなわち吸収線量の単位はグレイ(Gy)だが、放射線の種類によって生物に与える影響が異なり線量だけでは言い表せないので、等価線量シーベルトになおすには生物効果の係数をかける。エックス線、ガンマ線、ベータ線は 1グレイ=1シーベルト、中性子線は1グレイ=5から20シーベルト、アルファ線は 1グレイ=20シーベルト。

11. 半減期: あるものの量がはじめの2分の1になるのに要する時間を半減期という。放射性核種のから放出される放射線の物理的な半減期は、核種により異なり、たとえばヨウ素131は約8日、セシウム137は約30年である。生物学的半減期とは体内に蓄積した放射性核種から出る放射能の量が半分になる時間を言う。生物学的半減期は排泄によって物理的半減期より短いが、短さは物質によって異なる。

12. 放射性核種: 放射能を持つ核種のこと。原発の事故ではウランやプルトニウムやそれらの核分裂によって生じたさまざまな放射性核種が環境中に放出される。放射能をもたない核種のことは安定核種という。

13. 累積実効線量: 放射線被曝による影響は臓器や組織ごとに異なるということを考慮して算出した実効線量を、1年間(年度)ごとに合計した値。

 ※ 実効線量: 放射線被曝による全身の健康障害を評価する尺度の一つ。放射線照射の影響は臓器や組織ごとに異なるが、それらを考慮した算出方法である。単位はシーベルト(Sv)を用いる。

14. 内部被曝: 食物や塵埃などを通して体内に取り込んだ放射性物質が出す放射線による被曝。体内被曝とも言う。殆どの場合、除染はきわめて困難であり、健康への影響が大きい。骨髄に集積した放射線物質は放射線に感受性の高い造血臓器からの発癌確率を増大させる。

15. ポレーシェ: ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの三国にまたがる広大な湿地帯(湖沼地帯)の名称。ポレーシェとはロシア語で湿地帯の意。チェルノブイリ原子力発電所はこのポレーシェのウクライナ側に位置している。水資源にめぐまれ、豊かな自然が広がる農村地帯だったが、事故で一帯が濃い放射能に汚染され、広い範囲が立ち入り禁止区域や危険区域に指定されている。ウクライナとベラルーシにはそれぞれ原語での呼称があるが便宜上ロシア語読みに統一した。

16. 非悪性疾患: 死を来す可能性のあるガンなどの悪性腫瘍疾患ではなく、肺炎や糖尿病といった感染・代謝・循環などの疾患一般のこと。


・ 書籍版は岩波書店から刊行されます。刊行時期は決定ししだいお知らせします。

本書は1986年に起きたチェルノブイリ原子力発電所の過酷事故を受けて、放射線被曝の実態を明らかにし、その悪影響を軽減したいと考える人びとの努力と経験を伝えるもので、それをどう活かすかは私たちの課題です。

2011年8月7日
星川 淳(作家・翻訳家、一般社団法人act beyond trust事務局長)



[PR]
by y_csm521 | 2011-09-15 22:01 | チェルノブィリ

天然放射能と人口放射能は違う

埼玉大学名誉教授・市川定夫氏(放射線遺伝学)の講義。
原発由来の放射能と、自然由来の放射能を同列に並べ比較する原発推進派のウソが分かります。

市川氏は1935年大阪府生まれ。京都大学農学部卒・同大学院終了。農学博士。米国ブルックヘブン国立研究所研究員、メキシコ国立チャピンゴ農科大学大学院客員教授、埼玉­大学理学部教授等を経て、現在、埼玉大学名誉教授。その間、伊方原発訴訟や原爆症認定訴訟などの原告側証人として放射線と遺伝の関係を証言。また、ムラサキツユクサの研究­は有名で、ごく低線量でも生物に影響があることを証明。1995年から原水禁国民会議副議長を務め、今年4月に議長に就任。


[PR]
by y_csm521 | 2011-09-14 21:38 | 科学的説明

当事者が初めて語った「放射能失言」の裏側!

[PR]
by y_csm521 | 2011-09-14 21:33 | 資料・情報・講演


弁護士 只野靖氏よりの情報

ETV特集 シリーズ 原発事故への道程 置き去りにされた慎重論

ETV特集で、
日本原発史 前編 9月18日(日)
後編 9月25日(日)
いずれもNHK Eテレ22時から90分だそうです。

裁判官会同の問題(環境行政訴訟事件関係執務資料)もとりあげてもらえそうです。


[PR]
by y_csm521 | 2011-09-13 16:25 | 資料・情報・講演
国土汚染地図。
SPEEDI、福島第一原子力発電所事故に伴うCs137汚染試算。

3月21日、22日:関東地方全域拡散、降雨によるCs137降下量増加。

9月6日(独)日本原子力研究開発機構発表

国土汚染地図

[PR]
by y_csm521 | 2011-09-13 16:13 | 汚染地域
柄谷行人公式ウェブサイト:「反原発デモが日本を変える」より転載

柄谷行人公式ウェブサイト

《反原発デモが日本を変える》 

【柄谷】最初に言っておきたいことがあります。地震が起こり、原発災害が起こって以来、日本人が忘れてしまっていることがあります。今年の3月まで、一体何が語られていたのか。リーマンショック以後の世界資本主義の危機と、少子化高齢化による日本経済の避けがたい衰退、そして、低成長社会にどう生きるか、というようなことです。別に地震のせいで、日本経済がだめになったのではない。今後、近いうちに、世界経済の危機が必ず訪れる。それなのに、「地震からの復興とビジネスチャンス」とか言っている人たちがいる。また、「自然エネルギーへの移行」と言う人たちがいる。こういう考えの前提には、経済成長を維持し世界資本主義の中での競争を続けるという考えがあるわけです。しかし、そのように言う人たちは、少し前まで彼らが恐れていたはずのことを完全に没却している。もともと、世界経済の破綻が迫っていたのだし、まちがいなく、今後にそれが来ます。

日本の場合、低成長社会という現実の中で、脱資本主義化を目指すという傾向が少し出てきていました。しかし、地震と原発事故のせいで、日本人はそれを忘れてしまった。まるで、まだ経済成長が可能であるかのように考えている。だから、原発がやはり必要だとか、自然エネルギーに切り換えようとかいう。しかし、そもそもエネルギー使用を減らせばいいのです。原発事故によって、それを実行しやすい環境ができたと思うんですが、そうは考えない。あいかわらず、無駄なものをいろいろ作って、消費して、それで仕事を増やそうというケインズ主義的思考が残っています。地震のあと、むしろそのような論調が強くなった。もちろん、そんなものはうまく行きやしないのです。といっても、それは、地震のせいではないですよ。それは産業資本主義そのものの本性によるものですから。

原発は、資本=国家が必死に推進してきたものです。原発について考えてみてわかったことの一つは、原発が必要であるという、その正当化の理論が日本では歴史的に著しく変わってきたということです。最初は、原子力の平和利用という名目で、核兵器に取り組むことでした。これはアメリカの案でもあり、朝鮮戦争ぐらいから始まった。このような動機は、表向き言われたことはありませんが、現在も続いている。つぎに、オイルショックの頃に、石油資源が有限であるという理由で、火力発電に代わるものとして原発の建設が進められるようになった。これもアメリカの戦略ですね。中東の産油国を抑えられなくなったので、原子力発電によって対抗しようとした、といえる。その次に出てきたのが、火力発電は炭酸ガスを出すから温暖化につながる、したがって、原発以外にはない、というキャンペーンです。実際には、原発はウラン燃料作り、原発建設、放射能の後始末などで、炭酸ガスの放出量は火力発電と違わない。だから、まったくの虚偽です。このように、原発正当化の理由がころころ変わるのは、アメリカのブッシュ政権時のイラク戦争と同じです。つまり、最初は大量破壊兵器があると言って、戦争をはじめたのに、それがないことが判明すると、イラクの民主化のためだと言う。途中で理由を変えるのは、それが虚偽であること、真の動機を隠すためだということを証明するものです。原発に関しても同じです。それが必要だという理由がころころ変わるということ自体、それが虚偽である証拠です。 

―― なるほど。

【柄谷】フクシマのあと、脱原発に踏み切った国を見ると、核兵器を持っていないところですね。ドイツやイタリアがそうです。この二カ国は日本と一緒に元枢軸国だったのです。ところが、日本はそうしない。それは、本当は、日本国家が核兵器をもつ野心があるからだと思います。韓国もそうですね。ロシアやインドは、もちろん核兵器を持っている。核兵器を持っている国、あるいはこれから作りたい国は、原発をやめないと思います。ウランを使う原子炉からは、プルトニウムが作られますからね。元々そうやって原子爆弾を作ったんだから、原子力の目的はそれ以外にはない。原子力の平和利用と言うけれど、そんなものは、あるわけがない。同じ原子力でも、トリウムを燃料として使うものがあります。『原発安全革命』(古川和男著、文春新書)という本に書かれていますが、トリウムはウランより安全かつクリーンで、小型であり、配電によるロスも少ないという。しかし、それがわかっていても採用しないと思います。そこからはプルトニウムができない、つまり、核兵器が作れないからです。 

原発は経済合理的に考えると成り立たない。今ある核廃棄物を片付けるだけで、どれだけのお金がかかるのか。でも、経済的に見て非合理的なことをやるのが、国家なのです。具体的には、軍ですね。軍は常に敵のことを考えているので、敵国に核兵器があれば、核兵器を持つほかない。持たないなら、持っている国に頼らなければならない。できるかぎり自分たちで核兵器を作り所有したいという国家意志が出てきます。そこに経済的な損得計算はありません。そんなものは不経済に決まっていますが、国家はやらざるをえない。もちろん、軍需産業には利益がありますよ。アメリカの軍需産業は戦争を待望している。日本でも同じです。三菱はいうまでもなく、東芝や日立にしても、軍需産業であって、原発建設はその一環です。他国にも原発を売り込んでいますね。日本で原発をやめたら、外国に売ることもできなくなるから困る。だから原発を止めることは許しがたい。したがって、原発を止めるということは、もっと根本的に、軍備の放棄、戦争の放棄ということになっていく問題だと思います。 

―― 4月24日のデモについて、おうかがいします。柄谷さんは、ご自身が講師を務める市民講座「長池講義」の公式サイトで、「私は、現状において、反原発のデモを拡大していくことが最重要であると考えます」と述べ、反原発デモへの参加を呼びかけられました。実際に芝公園と、その次の渋谷区役所前のデモに参加された。街頭デモへの参加は50年ぶりのことであり、なぜ柄谷さんをこの運動に向かわせたのか、お聞かせいただけますか。

【柄谷】デモに行くということについては、かなり以前から議論していたと思います。数年前から、何カ所かで、「なぜデモをしないのか」という講演をしたのです。『柄谷行人 政治を語る』(図書新聞刊)の中でも、その話をしています。なぜ日本でデモがなくなってしまったのか。そのことについても考察しています。それと関連する話ですが、3月11日以降に、わかってきたことがあります。実際は、1980年代には日本に大規模な原発反対の運動があったのです。それなのに、なぜ今日まで、54基もの原発が作られるに至ったのか。そのことと、なぜデモがなくなったのかということは、平行しており、別の話ではないということです。 

現在言われている反原発の議論は、1980年代に既に全部言われていることですね。事実、多くの本が復刻されて読まれている。今も完全に通用するのです。むしろ驚くべきことは、あの時に言われていた原発の危険性、技術的な欠陥、それらが未だに何一つ解決されていないということです。原発はまた、危険であるがゆえに避けられない過酷な労働を伴います。半奴隷的と言ってもいい労働が、ずっとつづけられてきた。今度の事故で、あらためてそのことに気づかされました。原発に反対すべき理由は、今度の事故で新たに発見されたのではない。それは1950年代においてはっきりしていたのです。しかし、それなら、なぜ原発建設を放置してしまったのか。

特に強制があったわけでもないのに、原発に反対することができなくなるような状態があったのです。デモについても、同じことです。デモは別に禁止されてもいないのに、できなくなっていた。では、この状態を突破するには、どうすればいいか。そのことを、僕は考えていました。そこで、デモについていろいろ考え発言したのですが、結局、まず自分がデモをやるほかないんですよ。なぜデモをやらないのかというような「評論」を言ってたってしょうがない。それでは、いつまで経っても、デモがはじまらない。デモが起こったことがニュースになること自体、おかしいと思う。だけど、それをおかしいというためには、現に自分がデモに行くしかない、と思った。 

―― 参加されて、どんな感想をお持ちになりましたか。

【柄谷】気持よかったですね。参加した人もこれまで、デモについての固定観念を持っていたと思うのですが、来てみたら全然違う、と感じたんじゃないですか。子供連れで来ている人がかなりいました。僕は安保の時に何度もデモに行きましたが、今回のデモは、あの時とは違いますね。しかし、僕がデモに50年ぶりに参加したというのは、日本において、ということです。実は、アメリカに住んでいた頃は、何度かデモに行ってるんですよ。といっても、わざわざ出掛けて行ったのではない。たとえば、10万人のデモが家の前を通っていて、そこを通り抜けないと、カフェにも行けない。だから、ついでにデモに参加したわけです。むろん、イラク戦争反対のデモだったからですが。今回の日本のデモは、そのときのデモに似ています。 

―― 安保の時とは違うと言われましたが、どのような違いがあったのでしょうか。

【柄谷】1960年のころは、基本的に労働組合が中心で、その先端に学生のデモがあったのです。「全学連」のデモも、最後の半年ぐらいは違いますが、それまでは、国民共闘会議のなかの一集団で、長いデモの先頭にいたんですね。何十万人の参加者の中の、1万か2万ぐらいが学生だった。 

―― 一緒にやっていたわけですか?

【柄谷】そうですね。ただし、1960年以後、学生と労働者との断絶が続きました。1960年代末の、いわゆる全共闘のころは、学生のデモは労働運動とはつながりがほとんどなかった。その分、デモは過激なものになって、普通の市民は参加できない。だから、いよいよ断絶化する。したがって、1960年以後は、大規模な国民的デモはなかった、といっていいと思います。現在は、大学の学生自治会はないし、労働組合も弱い。早い話が、東電の労組は原発支持ですね。労働組合に支持された民主党も、原発支持です。こんな連中がデモをやるはずがない。だから、現在のデモは、固定した組織に属さない個人が集まったアソシエーションによって行われています。たとえば、僕ら(長池評議会のメンバー)は50人ほどですが、その種の小さいグループが、いっぱいあると思います。今後も、若い人たちがデモをやるならば、僕は一緒に動きます。 

―― 1991年の湾岸戦争の時、日本の参戦に反対する「文学者の集会」を、柄谷さんは開かれました。その時のことを振り返って、「僕だけなら何もしなかった」「(自分は)受身である場合が多い」とおっしゃっています(『政治を語る』)。今回は自ら呼びかけを行ない、今後もそれはつづけていくと発言されています。

【柄谷】僕は他の人たちがやっているデモに相乗りしているだけであって、自分ではじめたのではない。その意味で受け身です。しかし、それは問題ではない。僕は、運動の中心にならなければならないとは、まったく考えていない。デモがあれば、そこに行けばいい。ただ、たとえデモがあったとしても、ひとりではなかなか参加できないものなんですよ。それなりに連合していないとデモはできないと思います。だからアソシエーションが必要だと言っているわけです。 

――『政治を語る』の中では、2000年にNAMをはじめた時のことを振り返って、次のように言われています。「この時期に運動をはじめたのは、理論的なこともそうですが、現実に危機感があったからですね。1990年代に、日本で「新自由主義」化が進行した。いつでも戦争ができる体制ができあがっていた。僕は、『批評空間』をやっている間、それに抵抗しようとしましたが、無力でした。たんなる批評ではだめだと思うようになった。だから、社会運動を開始しようと思った」。その時の思いと、今回の行動は繋がっていると考えてもよろしいのでしょうか。NAMの正式名称(New Associationist Movement)が示す通り、当時
から、アソシエーションの必要性を強調されていました。

【柄谷】今もそれは同じです。当時、アソシエーションというとき、協同組合や地域通貨といったもの、つまり、非資本主義的な経済の創造を考えていたのですが、それはむろん、今後にますます必要になると思います。特に経済的な危機が来たら。20世紀末に、それまでの「批評」ではだめだと思ったのは、ソ連崩壊以後の世界が根本的に変わってきたと感じたからです。それまでの「批評」あるいは「現代思想」というのは、米ソの冷戦構造の下に出てきたものですね。簡単にいえば、米ソによる二項対立的世界を脱構築する、というようなものです。実際には何もしないし、できない。米ソのどちらをも批判していれば、何もしないのに、何かやっているという気になれた。しかし、ソ連が崩壊したことで、このような世界は崩壊しました。米ソの冷戦構造が終わったことを端的に示したのが、湾岸戦争ですね。そのとき、僕は、今までのようなスタンスはもう通用しないと思った。だから、湾岸戦争の時に、文学者を集めた反戦集会をやったのです。しかし、それに対して僕を批判した連中が大勢いましたね。もと全共闘というような人たちです。たぶん、かつてはデモをやっていた連中が、集会やデモを抑圧するようになっていたのです。しかし、現在、若い人たちは、デモを否定的に見るような圧力をもう知らないでしょう。それはいいと思いますね。 

―― 確かに今回、特に20代から30代の若い人たちが、積極的にデモに参加している印象があります。

【柄谷】やはり、大きな災害があったからだと思いますね。非日常的な経験をすることで、新しい自分なり、新しい人間の生き方が出てきたんでしょう。これまでの普段の生活の中では、隠蔽されていたものが出てきたんだと思います。資本主義経済というのは、本当にあらゆるところに浸透していて、小さな子どもの生き方まで規定していますからね。最近聞いて、面白いなと思ったものがあります。「就活嫌だ」というデモがあるらしい。それはいいと思う。当たり前の話で、大学に入学して間もなく就職活動を始めなきゃならないなんて、嫌にきまっていますよ。こんなものが大学ですか。今の大学に学問などないということは、原子力関係の研究者の様子を見れば、わかります。だから、嫌だといえばいい。デモをすればいい。 

―― 柄谷さんは『政治を語る』の中で、繰り返し、デモの必要性を説かれていますが、その意味で、「希望の芽」のようなものが、今出はじめたと思われますか。

【柄谷】そう思います。3月11日以後、日本の政治的風土も少し変わった気がしますね。たとえば「国民主権」という言葉があります。国民主権は、絶対王制のように王が主権者である状態をくつがえして出てきたものです。しかし、主権者である国民とは何か、というと難しいのです。議会制(代表制)民主主義において、国民とはどういう存在なのか。選挙があって、国民は投票する。その意味で、国民の意志が反映される。しかし、それは、世論調査やテレビの視聴率みたいなものです。実際、一か月も経てば、人々の気持はまた変わっている。要するに、「国民」は統計的存在でしかない。各人はそのような「国民」の決定に従うほかない。いいかえれば、そのようにして選ばれた代行者に従うほかない。そして事実上は、国家機構(官僚)に従うことになる。こんなシステムでは、ひとりひとりの個人は主権者ではありえない。誰か代行者に拍手喝采することぐらいしかできない。 

昔、哲学者の久野収がこういうことを言っていました。民主主義は代表制(議会)だけでは機能しない。デモのような直接行動がないと、死んでしまう、と。デモなんて、コミュニケーションの媒体が未発達の段階のものだと言う人がいます。インターネットによるインターアクティブなコミュニケーションが可能だ、と言う。インターネット上の議論が世の中を動かす、政治を変える、とか言う。しかし、僕はそう思わない。そこでは、ひとりひとりの個人が見えない。各人は、テレビの視聴率と同じような統計的な存在でしかない。各人はけっして主権者になれないのです。だから、ネットの世界でも議会政治と同じようになります。それが、この3月11日以後に少し違ってきた。以後、人々がデモをはじめたからです。インターネットもツイッターも、デモの勧誘や連絡に使われるようになった。 

たとえば、中国を見ると、「網民」(網はインターネットの意味=編集部注)が増えているので、中国は変わった、「ジャスミン革命」のようなものが起こるだろうと言われたけど、何も起こらない。起こるはずがないのです。ネット上に威勢よく書き込んでいる人たちは、デモには来ない。それは日本と同じ現象です。しかし、逆に、デモがあると、インターネットの意味も違ってきます。たとえば、日本ではデモがあったのに、新聞もテレビも最初そのことを報道しなかった。でも、みんながユーチューブで映像を見ているから、隠すことはできない。その事実に対して、新聞やテレビ、週刊誌が屈服したんだと思います。それから段々報道されるようになった。明らかに世の中が変わった。しかし、それがインターネットのせいか、デモのせいかと問うのは的外れだと思います。 

―― 地震直後と現在と比べて、柄谷さんご自身の考え方に変化はありましたか。

【柄谷】それはもちろんありますが、あまり大きくは変わらないですね。最初は、この先どうなるか、見当がつかないぐらいだった。現在だって、こういう状態が、ずっとつづくのかなと思っていますが。原発事故の後、「ただちに危険はない」と、よく言われていましたね。でも、外国人はただちに国外に逃げていた。ドイツなんて、成田への直行便をやめてしまった。今でも僕が見ているのは、ドイツの気象庁が出しているデータです。彼らは最初の段階から、きちんと情報を提供していた。その日の風向きによって、放射性物質がどういうふうに流れているか、毎日伝えています。それは風向き次第で、大阪や札幌には飛んでいくし、時にはソウルまでいっている。外国人はそれを見ているが、日本人は見ていない。日本では内緒にしようとしているからです。だから、そういうことを知らない人が多い。

しかし日本政府が隠そうとしても、もはや隠すことはできない。今はすぐにインターネットで情報が流れます。外国人は騒ぎ過ぎるとか、風評被害であるとか言う人がいますが、黙っている方が罪は重い。危険であることを当たり前に指摘するのが、なぜ風評なのか。日本人が何も言わないのは、真実を知らされていないからです。最近になって、段々状況がわかってきたので、怒り出した人たちがいます。 

つい最近、イタリアで、2009年4月に起こった地震(309人が死亡、6万人以上が被災した)に関して、防災委員会の学者らが大地震の兆候がないと判断したことが被害拡大につながったとして起訴された。この場合、地震学者が大地震は「想定外」だったと弁明することは許されると思うのですが、それでも起訴されています。

一方、福島第一原発の場合、当事者らが大地震は「想定外」だったという弁解は成り立たない。東電はいうまでもなく、官僚、政府にいたるまで、罪が問われても当然です。あれは紛れもなく犯罪ですから。しかも、放射能汚染水を海に垂れ流していますから、国際的な犯罪です。「東京(電力)裁判」が必要になると思う。というと、これから未来に向けて何かしなければならないときなのに、原発事故の責任を問うということは、後ろ向きでよくないという人がいます。しかし、過去の問題に対して責任を問うことは、まさに未来に向かうことです。これまで危険な原発を作ることに、なぜ十分な反対もできなかったのか。そのような責任の意識から、僕は今デモに行っています。 

若い人たちは違いますよ。生まれた時に、すでに原発があったから。だけど、今後に原発の存続を許せば、今回と同じことが起こるわけです。デモの先導車でラップをやっていた若い女の子が、もし原発を放っておいたら、未来の人たちに申し訳ない、という。そういう気持が若い人たちにもあるんだな、と思った。それから、京都大学原子炉実験所の助教である、小出裕章さんという人の講演を聞いたときも、感銘を受けました。彼は「原発を止められなくて申しわけない」と話しつつ涙ぐんでいた。今回の事故の後、「ほら見たことか。俺はあんなに反対していたんだ」と言うこともできたはずですが、何であれ、止めることができなかったことに変わりはない、だから申し訳ない、ということです。原発を推進した連中が責任を問われるのは当たり前ですが、一番そのような責任から免れているはずの人が責任を感じている。ならば、僕のような者は、責任を感じざるを得ないですね。 

恐ろしいと思うのは、原子炉は廃炉にするといっても、別に無くなるわけじゃないということです。閉じ込めるための石棺だって壊れる。これから何万年も人類が面倒見ていかなければいけない。未来の人間がそれを見たら、なんと自分たちは呪われた存在か、と思うでしょうね。しかも、原子力発電を全廃しても、核廃棄物を始末するためだけに原子力について勉強をしないといけない。情けない学問ですが、誰かがやらざるをえないでしょう。

しかし、いかなる必要と権利があって、20世紀後半の人間がそんなものを作ったのか。原発を作ることは企業にとってもうけになる。しかし、たかだか数十年間、資本の蓄積(増殖)が可能になるだけです。それ以後は、不用になる。不用になったからといって、廃棄できない、恐ろしい物です。誰でも、よく考えれば、そんな愚かなことはやりません。しかし、資本の下では、人は考えない。そこでは、個々の人間は主体ではなくて、駒のひとつにすぎません。東電の社長らを見ると、よくわかります。あんな連中に意志というほどのものがあるわけがない。「国家=資本」がやっているのです。個々人は、徹頭徹尾、その中で動いているだけですね。ただ、それに対して異議を唱えられるような個人でないと、生きているとは言えない。 

―― 脱原発の動きについては、そのひとつの試みとして、ソフトバンクの孫正義さんが提案している案(大規模な太陽光発電所の建設など)も、最近注目を集めています。

【柄谷】ぼくは信用しない。自然エネルギーの活用というような人たちは、新たな金儲けを考えているだけですね。エコ・ビジネスの一環です。太陽光というと、パネルなどを大量に生産することができる。あるいは、大量に電気自動車を作ることができる。しかし、サハラ砂漠ならともかく、日本では、太陽光発電そのものが環境破壊となる。そんなものは、いらない。現在のところ、天然ガスで十分です。それなら日本の沿岸にも無尽蔵にある。要するに、先ず原発を止める。それからゆっくり考えればいいんです。 

(中略)
―― 最後に、現在立ち上がった運動が持続するために、何が必要だと思われますか。

【柄谷】デモをすることが当たり前だというふうになればいい。「就活嫌だ」のデモでいい。「職をよこせ」のデモもいい。デモをやる理由は無数にあります。今の日本企業は海外に移って、日本人を見捨てています。資本はそうしないとやっていけないというでしょう。しかし、それは資本の都合であって、その犠牲になる人間が黙っている必要はありません。異議申し立てをするのは、当然のことです。それなのに、デモのひとつもできないのなら、どうしようもないですね。誰かがやってくれるのを待っているのでは、何もしないのと同じです。誰かがやってくれるのを待っていると、結局、人気のあるデマゴーグの政治家を担ぎ上げることにしかならないでしょう。それは結局、資本=国家のいいなりになることです。


[PR]
by y_csm521 | 2011-09-13 00:27 | 脱原発運動・集会・支援
柄谷行人氏の簡潔明瞭なスピーチ「デモが日本を変える」は、大きな励ましになると思います。文字起こししましたのでお届けします。また氏の公式ウェブサイトから同趣旨のインタビューも転載させていただきます。

2011 9 11 新宿アルタ前 柄谷行人 演説
柄谷行人「反原発デモが日本を変える」

2011 9 11 新宿アルタ前 柄谷行人 演説


======以下、柄谷行人9・11新宿アルタ前スピーチ======


この4月から反原発のデモに参加しています。このアルタ前でも6・11デモにも参加しました。
私がデモに行くようになってからいろんな質問を受けます。しかもたいがい否定的な質問です。

そのひとつは、「デモで何が変わるのか?デモで社会を変えられるのか?」というものです。私はこう応えます。もちろんデモで社会を変えることができる。確実に変えられます。なぜなら、デモをすることで、デモをする社会をつくれるからです。(歓声)

考えて欲しい。今年の3月以前に、日本には沖縄を除いてデモはほとんどなかった。それがいま、日本全国きょうもたぶん100ヵ所以上でデモが行なわれています。その意味で、日本の社会はすこしは変わった。これは明らかです。

例えば、福島原発の事故のようなことがドイツやイタリアで起こればどうなるか、あるいは韓国で起こればどうなるか、巨大なデモが国中に起こるでしょう。しかしそれに較べれば、日本のデモは異様なほどに小さい。しかしそれでもデモが起こったことは凄い、救いであると私は思います。(拍手)

デモは主権者である国民にとっての権利です。デモができないなら、国民は主権者ではない。例えば韓国では20年前までデモは出来なかった。軍事政権があったったからです。しかしその軍事政権を倒して国民主権を実現した。デモによって倒したのです。そのような人たちがデモを手放すはずがありません。

では日本ではなぜデモが少ないのか?なぜそれはヘンなことだと思われているのか?それは国民主権を自分の力で、闘争によって獲得したからではないからです。日本人は戦後、国民主権を得ました。しかしそれは敗戦によるものであり、事実上占領軍によるものです。つまり自分で得たのではなく、与えられたものです。ではこれを自分自身のものにするためにはどうすればいいか?それはデモをすることです。(拍手)

私が受けるもうひとつの質問は、「デモ以外にも手段があるのではないか?」というものです。たしかにデモ以外にも手段があります。そもそも選挙があります。その他さまざまな手段があります。しかし、デモが根本的です。デモがある限りその他の方法も有効になりますが、デモがなければそれらは機能しません。いままでと同じことになります。

さらに私が受ける質問は、「このままデモは下火になっていくのではないか?」というものです。戦後日本には幾度も全国的な規模のデモがありました。しかしそれは長続きしなかった。今回のデモもそうなるのではないか、というわけです。たしかにその恐れはあります。マスメディアではすでに、「福島の事故は片付いた」、「ただちに経済復興に取り組むべきだ」というような意見が強まっています。ところがそんなことはない。福島ではなにも片付いてはいないのです。しかし当局やメディアは片付いたかのように言っている。最初からそうです。彼らは最初から事実を隠し、たいしたことはなかったかのように装ってきたのです。ある意味でそれは成功しています。多くの人たちがそれを信じている。信じたいからです。そしたら、今後に反原発のデモは下火になっていくことは避けられない、というふうに見えます。

しかし違います。福島原発事故は片付いていない、今後もすぐには片付かない、むしろ今後に被爆者の病状がはっきりと出てきます。また福島の住民は永遠に郷里を離れることになります。つまり、われわれが忘れようとしても、またじっさいに忘れても、原発の方は執拗に残る。それはいつまでも続きます。原発が恐ろしいのはこのことです。それでも人々はおとなしく政府や企業のいうことを聞いているでしょうか。そうであれば、日本人は物理的に終わりです。だから私はこう信じています。第一に反原発運動は長く続くということです。第二に、それは原発にとどまらず日本の社会を根本的に変えるちからとなるだろうということです。(盛大な歓声)みなさん!粘り強く闘いましょう!以上です。




[PR]
by y_csm521 | 2011-09-13 00:21 | 脱原発運動・集会・支援


フリージャーナリスト岩上安身オフィシャルサイト

2011/9/10

司会「週末急な呼びかけとなって大変申し訳ございません。大臣25分ごろいらっしゃって、記者会見を開始したいと思います。冒頭大臣から発言が簡単にありまして、その後代表幹事社さんから…。時間は次の予定がありますので予定は20分と聞いてますが、そこは適宜」

A「次の予定あんの?」

司会「あります」

B「何だよ予定って」

司会「(笑)一応あります」

C「ふざけんなよ」

D「やめちゃうのに次の予定もないじゃん(笑い)」

司会「要望が沢山あると思いますので、私のほうから…」

0:08:40
鉢呂「遅い時間にお集まりいただきまして大変ありがとうございます。

本日野田総理大臣にお会いをし、私、経産大臣を辞任いたしたいと言う申し出をさせていただき、総理のほうから受理をしていただいたところでございます。私の一連の発言で、国民の皆さんそして、とりわけ福島県民の皆様に多大の不審の念を抱かせ、大変心からお詫びを申し上げるところでございました。大変どうもすみませんでした(お辞儀)

私といたしまして、この度のことは、猛省をしながら、また、福島県民の皆さんや、東日本大震災の(被災者の)皆さんに、少しでも、今後、貢献できるようにように、これからもひたすら頑張ってまいりたい。このように考えておるところでございます。大変短い期間でありましたけれども、経済産業省の皆さんのお力もいただいて過ごさせていただいたこと、心から御礼申し上げまして退任のご挨拶にさせていただきます。本当にありがとうございました(お辞儀)。

以上でございます」

幹事社(共同通信)「総理に対していつ、どこで辞表を提出になったのか?」

鉢呂「今日、総理も被災地の首長、私も、第3次補正予算案の関連で、円高、空洞化、また今後の方向性を付けるということで、企業の訪問をいたしたところで、夕方7時から赤坂議員宿舎で会い、辞任を申し出た」

幹事社(共同通信)「総理からはどのように?」

鉢呂「総理からはそれを受理していただいた」

幹事社(共同通信)「何か総理からのお言葉は?」

鉢呂「特に申し上げることはございません」

幹事社(共同通信)「総理のほうから何か声をかけられたことは?」

鉢呂「受理をいただいたということ」

幹事社(共同通信)「何分間ぐらい?」

鉢呂「定かでないが、数十分だったと思う」

幹事社(共同通信)「改めてお聞きしたいが、お辞めになった理由、一番の理由は?」

鉢呂「昨日、今日にかけての、福島県に視察に行った際の、記者会見等での一連の発言について、国民の皆さん、そして福島県民の皆さんに大きな不信の念を抱かせた。このことに尽きると思う」

幹事社(共同通信)「本日、午後の記者会見では辞任の話は出てなかったと思うが?」

鉢呂「それは総理に経過を話をし、その際、決断をした」

所属、氏名不明「一連の発言と仰いますけども、具体的にどういう発言をしたのか?具体的に言ってもらわないとなぜ辞めるのかわかりません」

鉢呂「1つは、昨日の記者会見において『死の町』という表現をしたことについてでございます。

このことについては、午後の記者会見で撤回をして、陳謝お詫びをしたところでございます。また、視察後の非公式の記者の皆さんとの懇談、立った場での懇談でございますが、一連の大半はいきさつの中身についての、まじめで真剣な報告をしたと思いますが、これについて不信を抱かせるような言動があったというふうに捉えられたわけでございます。この2つでございます」

所属、氏名不明「具体的にどう仰ったんですか?あなたね、国務大臣をお辞めになられる、その理由ぐらいきちんと説明しなさい」

鉢呂「私も非公式の記者の皆さんとの懇談ということでございまして、その一つひとつに定かな記憶がありませんので」

所属、氏名不明「定かな記憶がないのに辞めるんですか。定かな事だから辞めるんでしょう。きちんと説明ぐらいしなさい、最後ぐらい」

鉢呂「私は国民の皆さん、福島県の皆さんに不信の念を抱かせたこういうふうに考えて…」

所属、氏名不明「何を言って不信を抱かせたか説明しろって言ってんだよ」

鉢呂「ですから、今、お話したとおりでございます」

フリーランス田中「そんなやくざ言葉やめなさいよ。記者でしょう。品位を持って質問してくださいよ」

鉢呂「大変すみません。私は精一杯話してるおるつもりで、ご理解をいただきたいと思います」

フリーランス田中「恥ずかしいよ、君はどこの記者だ!」

北海道新聞「改めてなかなか理解しがたいんですが、9日の会見…被災地の下見をして目の当たりにした後に、なぜそういう発言をされたのか。そのあたりの心境をもう一度ご説明いただきたい。今回の原発については、被災地の方もそうですけど、北海道民は原発について強い期待をしていた。それについて今どんな心境か」

鉢呂「原発の事故の形については、私も福島県に2回ほど入って子ども達の健康、特に学校等の除染問題で菅総理にも意見具申をしたり、議員個人の立場ではあったがそれなりにやってきたと思っております。そういう中で、現地の作業員の皆さんの働く姿、あるいは周辺の、昨日まで活発に様々な生活、経済活動をしておる地域が、一晩のうちに避難という形になった。その町を、言葉は非常に県民の皆さんを逆なでするような言葉だったと思っておりますが、私の率直な見た形を表現して、決してその事で、県民の皆さんを逆なでするような意図はなかったと思っているが、適切な言葉ではなかった。

自分として福島の原発の事故について、また地元で原発があるという形もありましたから、相当大きな政治的形を以て臨んできただけに、不用意な発言ということについて、真剣に考えこのような決断をしたと受け止めていただきたい。

地元の期待については本当に痛くなるような形で、受け止めておったわけで。TPPの問題ですとか、今の円高、産業空洞化の問題など、そして原子力の再稼動、地元の県民や住民の皆さんの理解を得るという、大変重い責任を持つ大臣としての活動という事に対しても、率直に言って期待があったと思っておりますので、その点も、これをきちんと貫き通して解決をしなった、というのは大変無念な思いでございます」

テレビ朝日(吉野)「そうは言っても、今ご説明していただいた中身では、どうして経産大臣をお辞めになるのか分からない。いったい何に対して反省をなさって、どうしてやめられるのか、もう少し具体的にお願いします」

鉢呂「私は、自分の率直な思いを言っているつもりで、国民の皆さんに判断をしていただきたい。一番大きいのは福島県民の皆さんの思いに答えるどころか、大きな不信という形に至ったと自分なりに思ってますし、そのことは自分としては本当にこれまで関わってきただけに、強い思いがあったことに対して、一連の発言ということに対する裏切りとして受け止めた」

フリーランス田中「何度も福島に入って、福島の人とお話しをしたんなら、福島の人たちはむしろ大臣の言ったこと、大臣の『死の町』というのはむしろ福島の人たちの思いに合う事だと思うが。彼らは脱出したがっている。だとすれば、大臣が仰った事は正しい。何で辞任するんですか。むしろ、ぼくは記者の、記者クラブの言葉狩りに狩られたにすぎないと思うんですが」

鉢呂「現地に視察したときも14の市町村長さんとお会いをして、様々厳しいご意見をいただきました。本当に今戻ることのできない町がどのように戻すか。なかなか国民の皆さんが入れない双葉町等を見るにつけ、私の思いは一つひとつやれる事をやっていこう。

私の感じでも、今、指定区域で濃度の高いところもあるけれども、やりかたによっては、終日は入れなくても良いから、例えばビニールハウスの中で汚染に強い作物をきちんと作って、泊まることはできないけども、今、福島原発の事故の現場で防護服で働いている人もいるわけですから、そういうことを一つひとつ今やっていくような方法を市町村長さんを先頭に作っていけば、国も、必死の思いでこれを支援していきたい。こういうふうに述べさせていただき、市町村長さんも、それぞれの、様々な除染の事業も、一つひとつの市町村の違いがありますから、それを超えて除染のモデル事業も作って全県的なものにしていくということについてもお話をさせていただきました。そういう思いであったが、あの言葉は言うべき言葉じゃないと思いました。

最初、しゃべるときは、これこそまさにそういう表現しか見つからない。人っ子一人通らない。しかし町並みはきちっとある。あんな地域は全国に一つもない。その事を表現するのに私の言葉では、あれしか浮かばなかった」

フリーランス田中「単なる言葉の上っ面だけで真理としては大臣の言った事は正しいわけで。飯館の…政治家だけですよ、戻したいって言ってるのは」

鉢呂「あなたの言葉は大変温かいですけど、決断をいたした鉢呂でございます。ご理解をいただきたい」

産経新聞(滝川)「非公式の場で防護服を、放射能をなすりつけた事に対して、本当にそういうことがあったのか。そのときのやり取りをもう少し詳しく」

鉢呂「一つひとつの記憶がないと言っても、責任持たなきゃなりません。2日前の事ですが、先ほども言いましたが、多分5分か10分の立っての非公式の懇談で、私もいろいろ経験しておりますから、経験が仇になった形かと思う。深刻な福島県の被災の状況、原発事故の建屋内での状況、あるいは、避難区域の人のいなくなった地域の問題、除染の作業、そして、県知事さん始め、市町村組長さんからの深刻な要請、これらのやり取りを10分ぐらいですがしたわけです。

深刻に捕らえられる形もあって、記憶をたどれば、あそこに行った積算の被曝量が、85マクロシーベルトだったんですが、多分その事は聞かれたと思って、85マイクロシーベルトあったと。

私の思いは、記者さんが現地に行ってないという事で、大変厳しい状況というものを共有していただくと言ったらおかしいんですが、そういう示唆をこめてそういう仕草にでたと、私自身はそう思うんですが。その言葉もちょっと、報道されてる言葉も2通りあるものですから、どちらとも言えないような状態で、非公式の記者懇という気安さもあって、自分でしっかりとその事を構えていない、そういうことを鑑みてそういうふうに受け取られていたということでいけば、これはやっぱり許される事ではないという判断をした」

産経新聞(滝川)「非公式の場というのが仇になって、軽率な言葉を発せられた。そういうことなんですか?」

鉢呂「軽率というか、深刻な話になったものですから、そこを何というか親しみを込めてというのが、相手からすればそういうふうに受け取られたのではないかと思う」

産経新聞(滝川)「親しみを込めてなんとおっしゃったか、ご自身の現在の記憶は」

鉢呂「ちょっとはっきり分かりません」

共同通信(牧田)「その説明だと、総理と会っている最中で辞任を決意した。それまでは辞任を考えていなかった。総理が説得をされたということがあったんですか」

鉢呂「いえ、全くありません。今日の工場視察から戻る車中、そして、7時からだったものですから、そこで先ほど言った私の決意を決めて、総理にその旨明確にお伝えをして受理をされたという事です」

共同通信(牧田)「その際に総理から慰留をされたりとかは」

鉢呂「それはこの場ではお話しませんが、結論を言えば受理をしていただいたという事でございます」

共同通信(牧田)「冒頭から辞表を出されたという事ですか」

鉢呂「書類ではなくて、辞任の申し出」

共同通信(牧田)「誰かに相談はされましたか?」

鉢呂「一切相談はしていません。私の妻にはこういう形をとるということだけは話しました」

不明(聞き取れず)「経過を話す中で決断をしたとおっしゃってたが、冒頭から辞任の申し出をしたという事で、若干食い違うかなと思うのですが?一方的に話されたわけではないと思うので、どういう言葉に対して総理が動いたのか?」

鉢呂「経過的には一連の発言についての経緯をお話をし、そして、辞任の申し出をした」

不明(聞き取れず)「具体的な文言としては」

鉢呂「国民の皆さんに、福島の県民の皆さんに大きな不信の念を抱かせ、また、野田内閣が発足した直後で大変ご迷惑をかける中で、辞任申し出をさせていただきたい。こういうふうに申し上げた」

不明(聞き取れず)「野田総理からは具体的にどのような言葉があったのか」

鉢呂「結論的に言えば受理をするということでありました」

不明(聞き取れず)「質問不明」

鉢呂「それは私はこの場ではお話しなくてもよいと判断し、結論だけを述べさせていただきたい」

不明(聞き取れず)「何らかのやり取りがあったけどそれはお話できない?」

鉢呂「それはもちろん」

テレビ朝日(村上)「今後福島にもう一度行って、お詫びをするご予定はあります?」

鉢呂「先ほど言いましたように、今まで3度入っていろんなことをやってきたつもりですから、単純なお詫びでなくて、**をする中で具体的な被災者に対する議員としての活動をしっかりしていきたいと思います」

朝日新聞(金田)「改めてお聞きします。非公式な場面での発言について、もう一度ご記憶にある範囲でどういうやり取りがあったかということと、そのやり取りについてどのように感じているのか」

鉢呂「何回も話したと思いますので、私の(記憶が)定かじゃないところもありますから、皆さんが聞きたいという事はよくわかるが、私としては今話した事に尽きるとご理解をいただきたい」

記者「『放射能をつけるぞ』という発言をされたと報道されている事は、事実ではないと」

鉢呂「そこは自分自身として、きちんと言えないが、相手は記者さんですから、専門の方だと思いますので、私はどういう記者さんがいたのかも、実際ここに来て1週間ですからわからない。いづれにしても若干の記者さんから出る言葉が違うのものですから、尚更、私自身としても…。

一連の視察の経過については真剣にしゃべった事は覚えているのですが、その後の中身については、必ずしも明確にこうだという記憶の範囲外なので、いづれにしても、専門の記者さんが受け取った言葉は、それなりに受け止めなければならないのかと。但し、自分からはどう言ったのか思い出す事ができない」

記者「放射能をうつしてやるという趣旨の発言があったと報道されている事については否定も肯定もできないということ?」

鉢呂「私としては、否定的なんですが、それでは済ませない問題だと思って決断をしたところであります」

記者「言ってないということですよね、言ってないという記憶があるのにどうして辞任?」

鉢呂「それは、何ともいえません」

記者「大臣は仰っていないという記憶があるのに辞められると」

鉢呂「どう言ったのか、防護服を摺り寄せたという事はなかったと思うが、どういう言葉であったかは、今の段階では分かりません。そういった問題も含め、私自身の判断をさせていただいたので、皆さんのご理解をいただければありがたいです」

日本テレビ「大臣としてのやり遂げたい仕事があったと思う。ほとんど手付かず。その事への思いをお聞かせください。あと、後任には誰を…」

鉢呂「去るもの…と思いますが、1週間だったんですが、いろんな勉強をさせてもらったという達成感はあります。特に3時補正予算はいろんな皆さんにお聞きして、例えば節電エコポイントにはなりませんでしたが、中身も国民の皆さんが補助しやすいような形で行えば、きっと日本の産業にとって大きく飛躍できると今日の視察で確信が持てた。

また、TPPの問題も、単なる両極端で合意ができないのではなく、合意を見つけるという事。

皆さんにはお話をしていなかったが、全中全漁連の農業漁業団体にも訪問さていただいておりました。経団連の会長は、あさって会う予定でしたので、まずは双方で共通点を見つけられないかどうか。あるいは党内で党の農林水産部門会議の**ですとか、前原政調会長にもお会いをして、ここは党内でも一致を見るために、最大の汗をかいていきたい。前原さんは、あまり前のほうで発言をしないでいただきたいという事で、多分、アメリカでの発言もTPPの問題は発言を控えたんだろうと思ってまして、この問題もどちらが犠牲になるとかいうことではなくて、双方でwin win の関係でいけるのではないかと。

今日も経済界まわって、昔の高度経済のときと違って、韓国、中国が日本を越えているような、貿易関税の形で日本が遅れをとっておると、この危機感は私も感じましたので、そういうものをまとめていける。後任の大臣にもやっていただきたい。その官官(つかさつかさ)で、責任ある立場で与党がやれば、必ず成果を得ることができると思ってますし、被災地の問題については、予算にいろいろはめ込んでかなり。

例えば立地補助金についても予備費を活用するという事を含めて大幅に被災地への、立地補助金の共同化も増やす事もできたと思う。いづれにしても、国会が控えているので、皆さんにもこの一連のものについて成し遂げていただければありがたいなと思っております」

記者「親しみを込めてしたっていうのは何をした?」

鉢呂「擦り付けてというようなことはなくて、一歩動作的な形であったということで、嫌がられたという事はないと確信している。いづれにしてもオフレコ段階の話なので、ご容赦いただきたいと思います」

記者「発言については何か記憶にあるか?」

鉢呂「そういう発言をした確信は持てないと」

記者「放射能を擦り付けるぞという発言はしてない?」

鉢呂「確信は持てないということで。よろしいでしょうか」

記者「海外からすると、どうして大臣がここでお辞めになるのかの説明が難しいのですが、私は非公式の懇談会に参加しておりませんので、何が起きたのかは報道でないと分からない。大臣がそれを否定されるとなると、何を以ておやめになるのか海外に分かりやすく説明したいが、非公式な懇談会のやり取りは現状ないということですか?」

鉢呂「この間ずっとしゃべってきましたので、それ以上私しゃべるだけの材料はないと理解いただきたい」

記者「そうすると、大きな理由の一つとしては『死の町』という表現をしてしまったという」

鉢呂「それはもちろん」

記者「事前に相談されてなかったという事ですが、総理にお伝えになった後はどなたかにご報告はされたんでしょうか。奥さんはどういうふうに仰ったんでしょうか」

鉢呂「妻には昨日から真剣、深刻に悩み、結論を出したという事であります」

記者 質問聞き取れず

鉢呂「それは今日、正式に話してからというふうに思ってますが」

ニコニコ(七尾)「大臣が一議員に戻って、原発周辺の方々のために一議員としてやろうと考えている事がございましたら」

鉢呂「ぼくは、26日の原子力災害対策本部の今後の除染の、あるいはセシウム等の濃度の関係。原案は新聞報道で見ただけですが、特に子どもさんの学校生活。1日8時間200日についての指針。この段階で1ミリシーベルトに近づきそしてそれを下回るという書きぶりだったと思いますが、これはおかしいと。

福島に24日に行ったものですから、教育関係者の方からこれでは子どもさんがトータルで生活しているわけだから、学校はむしろ土壌の剥離をしたり、鉄筋コンクリートでもあるので、今一番学校が低い形になってる。むしろ通学路とか、家庭での環境、これをトータルで言わないでどうするんだ。何か40%削減、60%削減っていうのも元になる汚染度からいけば%で削減する問題ではないので、こういう話だったので、菅総理と大臣もお話をして、1枚の紙になっていたのですが、子どもさんの生活圏、そして1年トータルとしてこれを1ミリシーベルトに近づけ下げる。この事を出していただいた。

ですから、伊達市の学校等でもやってましたし、集落でも一帯で、山林も、畑も、住居の周りも含めて除染のモデル的なものを一生懸命やっておりました。そういうところをいっぱい作って、確かに国に言ってもモデル的な、ここをやれという指示が出てこない。国自体がマニュアルがない状態ですから、国もいろんな研究機関を支援をして、これなら大丈夫だという除染の作業のスキームを早急に作ってそれを全県に作る。この役割は非常に大事だし、お金も掛かるが、お金の問題ではないという観点で、除染作業が一番の柱になってくる。これについても私なりにやっていきたいと思います」

記者「非常に無念の思いもあるというのが伝わってくるが、今の正直なお気持ちを」

鉢呂「それは、言葉にはできません。申し訳ない」

司会「終了させていただきます」



記者1「たぶん書いた記者なんて現場見てないんでしょ?」

記者2「うん…」

【文字起こし:ボランティアスタッフ @KinocoMX】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

フリージャーナリスト田中龍作ブログ

「藪の中」とはこのことである。鉢呂吉雄経産相を辞任に追い込んだ「放射能すりつけてやる発言」。10日夕の緊急記者会見で鉢呂氏は「そんなことを発言したという確信を持っていない」と否定した。

 件の発言はオフレコ懇談会の中で出たものだ。鉢呂氏は「記者さんがたくさんいたものだから誰に言ったのかも覚えていない」とした上で「聞くのが専門の記者さんだから…」と皮肉を込めている。

 オフレコ懇は日本の記者クラブ特有のものだ。出席できるのは、クラブ詰の記者だけである。極端な話、記者全員が一致団結して大臣のコメントを捏造することさえ可能だ。本来オフレコのはずの、それも真偽の定かでない発言が表に出てきたのが不思議である。今回、経産省記者クラブが全社一致したのか。それを知ることはできないが、発言をめぐって鉢呂氏は「定かに記憶していない」としている。

 鉢呂氏は「言葉狩り」の犠牲者でもあった。「死の街発言は記者クラブによる言葉狩りではないか?」と筆者は質問した。

 鉢呂氏は次のように答え無念さをにじませた。「(発言の)前日、地元14の市町村長さんたちと話した・・・(中略)人っ子一人通らない。街並みがあるのに。こんな街は日本にはないという意味が、ああいう言葉(死の街)になった」。鉢呂氏の表情は『俺の真意ではないんだ』と語っていた。

 20キロ圏内や飯舘村は明らかに「死の街」である。福島に住む多くの人々は疎開したがっているのが現実だ。事態を率直に認めた鉢呂氏は評価されて然るべきではないか。脇が甘かったと言われればそれまでかもしれないが。

 大臣を辞任に追い込んだ記者クラブの面々は鼻高々だ。記者会見室には哄笑が響く。得意絶頂のあまりヤクザ言葉で鉢呂氏に答を迫る記者もいた。社名も名乗らずに無礼千万な態度で質問するのである。同業者として恥ずかしい。

 筆者はその記者をドヤシ付けてやった。後で名刺交換し社名を聞こうと思っていたが、当人は記者会見が終わるとソソクサと記者室に逃げ帰った。大手メディアの記者であることだけは確かなようだ。

 社会人としてもお粗末な連中だが、「藪の中のオフレコ懇」と「言葉狩り」で国務大臣の進退をも左右することが可能なのである。記者クラブが国を滅ぼすことを確信した会見だった。

 小沢一郎氏の例が物語るように記者クラブと官僚の目障りになる政治家は陥れられる。鉢呂氏の場合「脱原発と反TPP」が、記者クラブメディアと官僚の機嫌を損ねていたことは確かだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

河野太郎氏のブログにも。

河野太郎オフィシャルブログ

[PR]
by y_csm521 | 2011-09-12 12:32 | 資料・情報・講演
Peace Philosophyより。

山下俊一、児玉和紀らを委員とする〔福島県「県民健康管理調査」検討委員会〕の報告書に対して、ECRRのバズビー博士は「科学とはほど遠いもの」と具体的な事実をあげて指摘しています。

これは「まともな疫学調査ではない」、委員会は「最初から、放射線被ばくによって病気が増えるはずがないと決めつけて」おり、「これは科学ではない…推論科学でさえない」ときびしく批判して、日本もチェルノブイリ後の「旧ソ連の戦術」を踏襲しようとしていると警告しています。

さらに、「これは純然たるごまかし以外の何物でもなく、検討委員会のメンバーは、全員法廷に召喚して弁明を行わせ反対尋問を行う必要があ」ると、市民の立場からきびしく糾弾しています。

この文書は、今後の市民の闘争の画期をなす重要文書と思います。ぜひ予定されている「国際専門家会議」にもぶつけてほしいと思います。


原文:福島の破局的事故の健康影響-福島県「県民健康管理調査」検討委員会のプロジェクトと報告書についてのコメント-
註:貴重な図表は残念ながら掲載できません。ぜひこの原文を参照ください。

=====以下転載======

Thursday, September 08, 2011
クリス・バズビー: 福島県「県民健康管理調査」検討委員会のプロジェクトと報告書についてのコメント

Chris Busby's Comments on Fukushima Prefecture's People's Health Management Survey

http://peacephilosophy.blogspot.com/

クリス・バズビー

グリーン・オーディット;臨時論文2011年

アベリストウィス、イギリス、2011年8月27日

【翻訳: 鈴木宏子、松崎道幸(監訳)】


●コメントを出すに至った経緯

 日本の京都を本拠地として活動しているグリーン・アクションから、『平成23年度第3回福島県「県民健康管理調査」検討委員会次第』の英語訳が届きました。以下に2011年7月24日に福島県本庁舎で行われた会合の議事録とこれに付属する資料[1]についてのコメントを記します。

●人体汚染の測定結果について

 『平成23年度第3回福島県「県民健康管理調査」検討委員会次第』[1]の3~6ページ(日本版では4~8ページ)には、109人を対象にしたと思われる被ばく調査の測定結果が載っています。ここでは(1)セシウム137とセシウム134の核種をホールボディカウンターで測定した結果と、(2)尿サンプル中に含まれるセシウム137とセシウム134、ヨウ素131を測定した結果が記されています。ホールボディカウンターによるセシウム測定の結果からは、検出限界(320ベクレル)から3500ベクレル程度の被ばくが読みとれます。しかし度数分布を示す柱状グラフはなく、4ページ(日本版では5~6ページ)のセシウム137とセシウム134の相関関係を示す図表にはデータ点が35点しかありません。3ページ(日本版では4ページ)のグラフによれば109人の住民が検査を受けたはずなのに、これはおかしいのではないでしょうか。それにそもそもこの場合、被ばく量の分布を示すのですから度数図として示すべきなのです。同様に、5ページ(日本版では7ページ)の尿についての結果も、セシウム137では23点、セシウム134では26点しかデータ点がありません。

 ヨウ素の測定結果や甲状腺部スキャン検査結果についても触れられていません。その上、危険な核種であるストロンチウム90、ストロンチウム89、バリウム140、トリチウム、炭素14、硫黄35、ウラン238、ウラン235、プルトニウム239も測定されていません。

 以上、『平成23年度第3回福島県「県民健康管理調査」検討委員会次第』の内容については一見しただけで

(1) 記述が科学的に不適切。
(2) 79人分のデータが示されていない。
(3) 甲状腺のガンマ線スキャンが行われたがその結果が示されていない。
(4) アルファ線およびベータ線を出す核種の測定が行われていない。

ということが言えます。

 つまりこれらの測定結果はいずれも「科学とはほど遠いもの」として破棄すべきでしょう。

●原子力発電推進派に都合のよい解釈がなされている点について

 測定結果にはさほど紙面がさかれていないのに、誤ったコメントやひどく危険な方向に捻じ曲げられた「科学的説明」が長々と述べられています。いくつか例をあげてみます。

▼ 7ページ(日本版では8ページ)
 この表には「100mSv以下:がんの過剰発生が認められない」と書かれています。これは事実に反し、がんの過剰発生を裏づける例が科学論文にいくつも示されています。体内に入った放射性核種によって被ばくした場合、吸収線量が0.1mSvと非常に低くてもがんの過剰発生が見られます[2]。10mSv被ばくした子どもではがんの過剰発生が40%におよぶという研究もいくつかあります[3]。チェルノブイリ事故後では、2mSv以下だったと判定されている被ばく量でもがんの過剰発生が認められているのです[4]。これについての詳細はECRRによる2009年と2010年の報告書を参照して下さい[5,
6]。

▼ 8ページ(日本版では8ページ)
 「放射線量とがん」以下の文章でも100mSv以下の被ばくでがんが増加するかどうか述べられていますが、やはり正しくありません。これは原子爆弾の調査から得られた結論ですし、広島と長崎に落とされた原爆の犠牲者の受けた被ばくのうちどれくらいが内部被ばくであるかが不明だからです[6,
7]。外部被ばくでも内部被ばくでも線量が同じならばリスクは同じという見解には科学的根拠はなく、むしろ全く反対なのです[2, 6]。

▼ 16、17ページ(日本版では15~16ページ)
 『(16ページ)…東京電力福島第一原発事故による放射線の健康影響については、現時点での予想される外部及び内部被ばく線量を考慮すると極めて少ないと考えられます。しかしながら、チェルノブイリで唯一明らかにされたのが、放射性ヨウ素の内部被ばくによる小児の甲状腺がんの増加であったことから…』『(17ページ)…チェルノブイリ原発事故で唯一明らかにされたのは、放射性ヨウ素の内部被ばくによる小児の甲状腺がんの増加のみであり、その他の疾病の増加については認められていません。』というくだりがあります。これら見解は明らかにまちがいです[4-6]。また何の調査もしないうちから結論を決めてかかっています。

●セシウム137の吸収線量の計算について

 福島県民の被ばく量は、外部被ばくと内部被ばくの両方を明らかにして計算すべきと考えます。外部被ばく量がどれくらい増加したかについては、かなり簡単に計算することができます。平均超過外部線量率がわかっているためです。つまり、当初はヨウ素が原因で平均超過線量が高く、次いでセシウムによる表面汚染から一定の被ばくを受ける環境に1年いたとすると、1μSv/h、すなわち9mSvの被ばく量となります。ところで福島県当局が内部被ばくを判定するために用いたのは、セシウム134、セシウム137、ヨウ素131です。そしてICRPの線量係数による吸入および経口摂取モデルから内部線量を計算しています。核種としてセシウムとヨウ素を採用しているのは、セシウムとヨウ素が強力なガンマ線を出すために比較的計測しやすいからです。

その例として、以下の図1に、福島原発の原子炉から100km離れた地点を走っていた車のエアフィルターを検査して得られたガンマ線スペクトルを示しました。さらに表1にICRPの線量係数とECRRの線量係数の比較を示しましたが、この表を見ると、セシウムの線量係数よりも、福島原発から放出された他の核種(特にアルファ線を出すウランとプルトニウム、またストロンチウムなど)の線量係数のほうがずっと高いことが明確にわかると思います。

 もちろん福島県当局は、これを承知の上でこの報告書を作成したのにちがいありません。上で取り上げた事情や、他の核種による内部被ばくにまったく触れていないのはそのためです。それに体内に取りこんでしまった放射性微粒子から様々な種類の被ばくを受けるという事実(こうなると吸収線量という考え方は適用できません)を問題にすらしていません。ECRRでは内部被ばくに20倍から1000倍の重み付けをしています。


図1.福島第一原発から100kmの地点の自動車のエアフィルターから回収された汚染粒子のガンマ線スペクトル.セシウム134のピークが明確に描記されている.

(註:グラフはMLでは掲載できないので、原文を参照してください。)

原発事故による放射線被ばく問題は、このようなやり方で収拾されてきました。チェルノブイリ事故の時にIAEAが行ったように、被ばく量をセシウム137だけに限定して、ICRPの線量係数を用いて計算されることになります。この報告書には、ホールボディカウンターで最大3500ベクレルのセシウム137が検出されたと述べられています。セシウム137のICRP線量係数(表1)は、3.9×10-8ですから、(50年間の)実効線量は0.13mSvとなります。これは自然放射線量の10分の1以下の線量です。福島県当局はこのようなわずかな被曝で健康被害が起きるはずがないと言うでしょう(すでに言っていますが)。これも事実を隠ぺいする手法の一つです。しかし、もしホールボディカウンターで計測された人が計測値の10分の1の線量のプルトニウム239とウラン238を体内に取り込んでいたなら、どうなるでしょう。プルトニウムとウランはアルファ線を出す核種なので、ホールボディカウンターでは線量を測定できません。350ベクレルのプルトニウム239は350×6×10-4=210mSv(ICRPおよびECRR)、350ベクレルのウラン239はICRPの線量係数で2.8mSv、ECRRで 280mSvの被ばくを成人にもたらしま
す。これらの物質は尿から簡単に検出できますが、そのような測定が行われたという記録は見当たりません。

表1 ICRPおよびECRRの吸入線量係数Sv/Bq;成人および5歳児

(註:この対照表も原文を参照してください。)

●県民健康管理調査(報告書9ページ以降参照)

汚染地域に住む県民の健康調査を担う県上層部のチームが適切な健康調査項目を設定せずに、主に心理的精神的問題に的を絞った調査を行おうとしているのは実に奇妙です。しかしながら、その理由はこの管理調査と言う名称に如実に示されています。疫学調査ではないのです。このような調査内容にした理由について当局は次のように主張しているのです。

1.被ばく線量は少ないため、ガン、白血病およびその他(心臓病、脳卒中、体調不良、早老化、消化器疾患、先天性疾患、生殖障害など)の病気は発生し得ない。

2.これらのことはチェルノブイリにおける(バイアスに満ちた恣意的な)研究調査ですでに分かっている。また世界保健機関の分析も参考にしている(世界保健機関は、核エネルギー推進を使命とするIAEAの従属機関である)。

3.したがって、1に列挙した健康影響が日本の他の地域よりも福島の汚染地域で増加するかどうかを調査する必要性は存在しない。

4.調査で得られた結果は疫学的証拠とはなりえない。何故なら、これは疫学調査ではないからである。たとえ健康影響が増えたという逸話的事象が発生したとしても、それは、放射線恐怖症によるものである。心理的精神的問題は住民の精神状態を調査してカウンセリングを行うことで解決されるだろう(18ページ)。

5.超音波による詳細な妊婦健診(19ページ)により障害のある胎児の妊娠中絶が可能となり、これにより先天奇形の発生率を低下させることができるだろう。

6.このようにして、今回の大事故の真の健康影響を管理することが可能となる。

この健康管理調査の概要から、以上のことが明らかに読み取れます。まともな疫学者なら、速やかに、ガンと白血病の発生率、心血管疾患、呼吸器疾患、消化器疾患、生殖障害、免疫疾患、出生関連疾患、乳児死亡率などに関する健康状態についてのベースライン指標を明らかにするための適切な科学的調査の準備を行うでしょうが、健康管理調査検討委員会は、まったく疫学的調査を行おうとしていません。

まともな疫学研究者なら、今後住民を追跡して、病気が増えないかどうかを明らかにしようとするでしょう。しかし、検討委員会は、最初から、放射線被ばくによって病気が増えるはずがないと決めつけています。これは科学と言えません。

また、健康被害が起こるはずがないという推論自体が、放射線被ばく状態の不完全な評価に基づいているのですから推論科学とも言えません(広島の原爆被ばく被害との誤った比較を別としても)。

これは純然たるごまかし以外の何物でもなく、検討委員会のメンバーは、全員法廷に召喚して弁明を行わせ反対尋問を行う必要があります。


●結論

この健康管理調査に関する文書は、県当局が放射線被ばくの健康影響を隠すための計画を推進する立場にあることを早々と示す衝撃的なものです。以前の(チェルノブイリの:訳者加)経験から、以下に示す様々な方策が講じられるだろうと予測できます。

(1) 放射線曝露量を少なく見積もる
(2) 被ばく核種をセシウムとヨードだけに限る
(3) 健康影響を調査しない
(4) いかなる健康被害も精神的なものであると言い逃れる

日本もソ連と同じ対処をすることがはっきりしました。チェルノブイリ事故後に駆使されたすべての戦術が福島で再び行われています。


●勧告

1.「県民健康管理調査」検討委員会は、法廷で心神喪失および共同謀議の有無について審問を受ける必要がある。

2.当局とつながりのない独立した機関による健康調査を実施すべきである。

3.アルファ線発生核種およびオートラジオグラフィーによる粒子検査などの生体資料に関する独立した計測を行うべきである。


C. Busby


引用文献 (註:(1)~(7)まですべて英文のため省略いたします。原文を参照願います。)


(以上転載終わり)

[PR]
by y_csm521 | 2011-09-10 09:42 | 被曝


新潟県知事公式HP

(上記の記者会見の中から原発・放射能関連の部分だけ下に貼り付けました。
 泊3号機をまともな議論もせずに再開させてしまった北海道知事とくらべると
 ・・・うらやましい・・。。COSMOS)

(放射性物質を含む汚泥処理問題について)(文頭に戻る)

Q 
 昨日、細野環境大臣から、放射性物質が含まれた汚泥に関して、「地元の自治体で処理してほしい」との発言がありました。これまで知事は、「県内に(最終)処分場を設けることは考えない」と言っていましたが、昨日の大臣発言をどう思いますか。

A 知 事
 国への対応をどのようにするかは、市町村とも相談した上で、最終的に決めないといけないと思っています。
 ただ、基本的な考え方で申し上げれば、そもそも今、日本には最終処分場が存在していない状況です。したがって、「最終処分場を各市町村ごとに造れ」ということだとすれば、一体どういう考え方なのかをよく問い質していく必要があると思います。例えば、原子力発電所内で発生する様々な低レベル放射性廃棄物については、例えば防護服のようなものも含めてドラム缶に入れて管理しているのに、(原子力発電所外にある)10万ベクレル(/キログラム)もある汚泥は「あちこちに埋めていい」と本当に言われるのか、ということについては懸念を表明せざるを得ないと思っています。
 「本当に核種はセシウムだけなのか」という心配もあります。例えば、以前ヨーロッパで(イギリスに亡命したロシアの元スパイ、アレクサンドル・リトビネンコ氏が死亡する)スパイ事件があった際、ポロニウムという放射性物質を、少し目を盗んでほんの僅かな量をコップに入れただけで数カ月で亡くなった(と推測されています)。数ミリグラムで致死量に達すると言われているプルトニウムが、一体どのように分布されているのかも全くチェックもしないで「適当に扱ってもいい」と、もし言われているのだとしたら、極めて問題ではないかと受け止めています。

Q 
 最終処分場にはしないまでも、「中間的に保管しておいてほしい」という意味で要請があった場合はどう対応しますか。

A 知 事
 これは「埋めていい」という話ですよね。中間的にはならないのではないでしょうか。

Q 
 今日の十日町市の会見で、市長から「自治体で受け入れざるを得ない」といったニュアンスでの発言がなされたようです。具体的にどこに処分するかについては明言していないようですが、自治体側からそういう反応が出た場合に、県としては・・・。

A 知 事
 仮定のお話はできません。特に新潟県は農地等を多く抱えています。情報提供をしっかりした上で、汚染を広げるような対応をしていくことは望ましくないと考えています。

Q 
 細野環境大臣が「最終処分場を全て福島県に依存するのではなく、(日本全体で)分かち合う部分がなくてはいけない」と発言しています。知事は「汚染を広げる対応をすべきではない」と言っている理由は、「あくまでも福島県内に(放射性物質の)最終処分場は建設すべき」という考えでよいですか。

A 知 事
 そういうことは言っていません。「各市町村に点在して(放射性物質を含んだ汚泥等を)埋めていくことはすべきではない」と言いました。

Q 
 今もまだ放射性物質を含む汚泥が増えて続けていて、実際に市町村の方では管理をどうするかと非常に困っています。(汚染を)広げるのではなく、県内で一元的にどこかで管理するような施設については考えますか。

A 知 事
 以前にも言いましたが、「放射性物質は東京電力の所有物」です。本来は国が責任を持って最終処分場を設置しなければならないと思います。関係者や当事者が多くいるわけですから、こういったところと話し合っていく必要があると考えています。

Q 
 東京電力であれば、県内にも柏崎刈羽原子力発電所があります。そういったところへも県として働きかけるようなことは考えていますか。

A 知 事
 場所については特定するものではありません。いろいろな可能性がありますし、最終処分場を設置するために、ニューモ(原子力発電環境整備機構)という機関もあるわけです。このスキームを早く回すことが、第一義的には重要ではないかと思います。

(柏崎刈羽原発の再稼働について)(文頭に戻る)

Q 
 原発の再稼働についてですが、野田新首相も「ストレステスト等で安全性を確認した原子炉から再稼働をお願いしたい」と就任記者会見で明言しました。このことについての所感と、あらためて、柏崎刈羽原発において定期点検で停止している号機の再稼働についての考えを聞かせてください。

A 知 事
 これまで申し上げてきたことと変わらないのですが、まずは(福島第一原発の事故で)一体何があったのか、ということをしっかりと検証していく必要があると思います。中に入れないから分からないという話ではなく、機械部分(のハード面)だけではなく、ソフト面の対応もあるわけです。一体どの時点でメルトダウンが起きたのか。なぜ建屋の外から放射性物質が検出されているのかと。すなわちジルコニウムが溶けて、(原子炉の)中の(核燃料)ペレットの中にしかない物質が建屋の外に出ているにもかかわらず、「メルトダウンはない」と(なぜ)言い張ったのか。もしメルトダウンが起きているとすれば、どれくらいの時間でメルトダウンに至ったのか。その間に(燃料棒を)冷やす手法は本当になかったのか。廃炉を覚悟で、「海水注入する」という意思決定をどのレベルでできたのかという態勢も含めて検証する等、中に入らなくてもできることはあるわけです。(災害対策用発電機への)電源をつなげばそれでいいのか、津波が防げればそれでいいのか、ということにはならないのです。
 一切何も(検証)しないで津波のせいだと。配管破断は本当になかったのか。なぜ(緊急時の炉心を冷やすための非常用)復水器が手動で止められたのか等、問題点を一切明らかにしないまま、再稼働していくことはあり得ないことだと思っています。

(訪中時における本県のアピールについて)(文頭に戻る)

Q 
 明日から知事は中国を訪問すると思いますが、新潟県として現地ではどのようなことをアピールしてくる予定ですか。

A 知 事
 しばらく黒龍江省への訪問の期間が空いていますので、あらためて姉妹都市の友好関係や今後の相互協力をしっかりと確認し、将来に向かった関係強化に努めたいと思います。
 加えて、日中経済協力会議がありますので、将来の包括的な経済関係の強化に繋げていく場にしていきたいと考えています。折しも新潟と中国東北部を直接結ぶ、日本海横断航路が開設されているわけです。ウィン-ウィンの関係で、双方にメリットがあるような形での経済関係の深化を目指した話し合いを進めていきたいと考えています。

Q 
 今、原発事故を受けて渡航もそうですが、輸出の面でも滞っていますが、この点においての新潟県としてのアピールは・・・。

A 知 事
 これは態勢が取りきれているのだろうかというところがあります。はっきり言うと、暫定規制値が、特に食品に関しては3月16日に緩められているのです。中国側が大変強い懸念を持っていることは承知しています。
 またロシアへの定期便がとりあえず今、運休になっています。その原因の一つが、チェルノブイリ事故を経験した旧ソ連邦で、放射性物質に対する危機感が高まっていると。もともとオンリーワン路線で、極東ロシアの方が日本へ来るためのゲートウェイとして使用されていた経緯がある中で、ロシア人の訪日が抑えられたことにより、需要が見込まれないために運休という判断に至っているわけです。
 中国側も、(先般、全国知事会用務で、山田知事会長らと一緒に)中国国家旅遊局の祝(しゅく)副局長と話をしてきました。日本の放射性物質に対する懸念があり、例えば祝副局長夫人が夏に来日の予定だったのを延期したということがあるように、中国側としても、この(原発事故による放射能漏れ)問題の取扱いに相当苦慮しているところがあると思っています。その原因の一つは、例えば観光庁長官が、いろいろな形で誘客のために海外に行かれています。その時に「一部(の地域)を除いては安全です」と言っても、ロシアンルーレットみたいなものですから、「どこが安全で、どこを避けてください」ということを言わなければ、来る方としては「全て危ない」ということになってしまうわけです。
 食品の安全性についても、どういう形で安全な食べ物、全く放射性物質が含まれていない物を提供できるか、含まれているのだったらどの程度(含まれているのか)という情報なしに、「今までどおりに来てください」と言っても、気持ちは付いていかないと思います。日本側からの「安全です」という無理押しは、むしろ逆効果だと思います。現状について正確な情報、知り得る限りの情報を発信することが重要で、判断はそれぞれの方々がされることでなければいけないのだと思います。少なくとも、暫定規制値を事故が起きてから緩めたままで放置しておくことは、政府にはなるべく早く是正していただきたいと思っています。それから水について言うと、原子力発電所からの排水は(放射性セシウムが)1リットル当たり90ベクレルという規制がかかっているのに、日本の飲料水は200ベクレルまでOKです。WHO(世界保健機関)が10ベクレルまでです。それよりも20倍も濃いものを赤ちゃんにまで飲ませてよいという国に、外国の方々が安心して来ていただけるのだろうかというところを早く見直していかなければ、単純に「来てください」ということにはならないのではないかと思います。現実に日本が「安全」と言ってから暫定規制値を超える牛肉が出回ったり、「安全」と言って輸出したお茶から(放射性物質が)検出されたりしているわけです。
 まず日本側が真摯に対応することをしないで、物事を進めるのは難しいところがあると思っています

Q 
 県内の正確な情報を提供してくるということですか。

A 知 事
 そういうことです。

※文中の(  )内については、広報広聴課で加筆したものです。


[PR]
by y_csm521 | 2011-09-09 17:53 | 原子力政策